宝塚歌劇100周年のあゆみ

主な出来事
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コロシアム劇場で初のロンドン公演が実現
大正3年(1914)の宝塚少女歌劇誕生から80年が過ぎた。その歴史の大部分を支えてきた旧・宝塚大劇場に代わり、この年の7月21日に新・宝塚大劇場が全館竣工。前年からエ事区域をカバーしながら、新大劇場での公演は実施していたが、真っ赤な絨毯に正面の大階段、シャンデリアが光るロビーの出現に華やかさが一層増したようであった。新・大劇場の竣工に合わせて「キャトルレーヴ」店開き。7月11日から23日まで初のロンドン公演を行う。演劇やミュージカルの本場ウエストエンドの、しかもオペラやバレエのメッカであるコロシアム劇場での公演であった。初めての試みである日本語による芝居を含む3本立ての公演を安寿ミラ始め総勢46人がつとめた。10月18日には、80周年を記念した「大運動会」が、この回が最後の会場となってしまった阪急西宮スタジアムで行われた。昭和56年(1981)、59年(1984)に続く開催で観客2万5千人が集まり、星組の優勝で大いに沸いた。1月から託児施設「チャイルドルーム」を開設、子供連れでの観劇がしやすくなったと好評を得る。
大震災を乗り越えて再スタート
思いもしない激しい揺れであった。1月17日午前5時46分のマグニチュード7.2、震度7の大震災に襲われる。新築になったばかりの大劇場は?交通網は?それにもましてお客様がたは?宝塚歌劇団関係者では宝塚バウホール支配人細川勝幸が死去。1月1日から始まった花組大劇場公演、14日初日の雪組バウホール公演、ともに地震発生の17日から休演を余儀なくされた。復活を願う多くの皆様の後押しで、1月23日からの星組中日公演の稽古を大阪で再開。音楽学校の文化祭も通常の会場であるバウホールから大阪のシアター・ドラマシティに舞台を移し、2月18日・19日に行われた。休演に追い込まれていた大劇場は3月31日星組公演『国境のない地図』で無事再開の初日を迎えられた。中断した1月花組安寿ミラさよなら公演は、細川たかしさんなど多くの方のご好意により、3月18日~27日まで、劇場飛天(現・梅田芸術劇場)で再開できた。宝塚歌劇を見て元気になった、歌劇を見るために頑張ったという声に、改めて、宝塚歌劇を上演していく意義を見つめ直すきっかけにもなった。
ウイーン・ミュージカル「エリザベート」が大ヒット
元日、初日。宝塚歌劇の舞台が初めてNHKテレビの衛星放送で生中継された。花組公演『花は花なり』。松本悠里、真矢みき、純名里沙、そして新大劇場の柿落とし公演から3年ぶりの春日野八千代。前年の悲しみを払拭するように華麗な舞台が繰り広げられた。誰もが楽しいことを待ち望んでいたかのように、『CAN-CAN』『ハウ・トゥー・サクシード』『晴れた日に永遠が見える』と海外ミュージカルを上演した成果は充分にあった。さらに海外ミュージカルから『ベルサイユのばら』『風と共に去りぬ』に続く宝塚の代表作が生まれた。ウイーン・ミュージカル『エリザベート』である。
旧・東京宝塚劇場が惜しまれながら閉館
100周年に向けて始動。様々な構想が形になっていく。そのための待望の東京通年公演実現に向けて8月に「5組化構想」が発表され、旧・東京宝塚劇場は建て替えのため12月で閉館となった。最終公演『ザッツ・レビュー』では劇場が生まれた昭和9年頃のエピソードが描かれた。12月27日~29日には、華やかに「アデュー・東京宝塚劇場」が開催され多くの人が別れを惜しんだ。5組目の誕生第一歩となる組名が公募され、2万8千余通の応募の中から12月12日、ホテル阪急インターナショナルで正式発表された。書家望月美佐さんが屏風にしたためたのは、「宙組」。21世紀、宇宙まで届く位大きくなれるようにと選ばれた。“レビュー”そのものを再び見つめ直そうと、サブタイトルにレビューとつけられた作品が上演され、それぞれ意欲的な舞台を展開し、芝居も変化に富んだものが並び、何かが始まりそうな予感を呈していた。
65年振りの新組・宙組誕生
1月1日午後1時に始まった公演の「元日口上」で5組の主演陣が勢ぞろい。真矢みき、千ほさち、真琴つばさ、風花舞、轟悠、月影瞳、麻路さき、星奈優里…、年頭の口上のあと、いよいよ姿月あさと、花總まりほか宙組全員が紹介され客席から拍手で迎えられる。その宙組は選抜メンバーにより1月17日から25日まで香港公演へ。カルチュラルセンターで新組の手応えを感じて帰ってきた。東京では2031席の仮設「TAKARAZUKA1000days劇場」が完成。通年公演が実現することになる。 5月30日初日の月組公演『WEST SIDE STORY』が柿落とし公演となった。「宝塚グラフ」誌が1月号からABサイズに変わり、誌名も「宝塚GRAPH」になった。12月25日には、宝塚クリエイティブアーツと宝塚音楽学校の複合ビルが完成。環境がますます充実していく。
中国政府からの招聘で、中国公演が実現
『夜明けの序曲』に始まり『ノバ・ボサ・ノバ』『ザ・レビュー'99』『我が愛は山の彼方に』『華麗なる千拍子'99』と、芸術祭を受賞した作品を見直し今に蘇らせたことは、大いなる意義があった。1月25日小林一三、逸翁の命日を「逸翁デー」とし、先人の偉業を偲ぶ日に。一方 、バウホール公演では若手役者の育成を考え“シェイクスピアシリーズ”に取り組んだ。5月28・29日にはTCAが通信衛星を使って双方向2元中継で、宝塚大劇場とTAKARAZUKA1000days劇場をむすぶ「ハロー!ワンダフル・タイム」を上映。『松本悠里第二回舞踊リサイタル』を始めとして日頃の日本舞踊の功績から松本悠里が文化庁長官賞を受賞。宙組『激情』『ザ・レビュー'99』は芸術祭演劇部門優秀賞を受賞。中国政府からの招聘で中国公演が実現、好評を得る。
62年ぶりのドイツ・ベルリン公演
4~5月花組公演の『源氏物語 あさきゆめみし』では新しい源氏物語誕生と評価を受け、愛華みれほか花組生が出演した同じ題材で映画化された「あさきゆめみし」もNHKハイビジョンで放送された。昭和13年、宝塚歌劇最初の海外公演の地はベルリンであった。以来62年ぶりに紫吹淳ほか選抜メンバーがそのベルリンに向かった。6月24日から7月7日までフリードリッヒシュタット パラスト劇場で公演。1000日を経て役目を終え“TAKARAZUKA1000days劇場”が閉館、新劇場にバトンタッチをする。「アデューTAKARAZUKA1000days劇場」のイベントで初めて5組の主演陣が顔を揃えた。春日野八千代は宝塚名誉市民に、轟悠は芸術祭優秀賞を、松本悠里は兵庫県文化賞をそれぞれ受賞。
『ベルサイユのばら』東西同時上演で10年振りの再演
21世紀最初の年、その1月1日新・東京宝塚劇場オープン。関係者による拝賀式、開場式に続き、14時初日公演開幕。柿落とし公演は月組『いますみれ花咲く』『愛のソナタ』。祝祭舞『いますみれ花咲く』には、春日野八千代、松本悠里も特別出演した。この年の最大の話題は『ベルサイユのばら2001』東西同時上演。宙組「フェルゼンとマリー・アントワネット編」でフェルゼン和央ようか、アントワネット花總まり、オスカルとアンドレをダブルキャストで水夏希、彩輝直。星組「オスカルとアンドレ編」はオスカル稔幸、アンドレ香寿たつき、湖月わたる、樹里咲穂のトリプルキャスト、アントワネット星奈優里、フェルゼン安蘭けい。21世紀最初の“ベルばら”も確かな手ごたえを残した。様々な公演形態で様々な試みができるようになったのも、東京での通年公演が可能になった成果であろう。
日本各地に広がる宝塚歌劇
東京通年公演の願いに加えて、さらに大きく世間から注目される公演が実現した。新・東京宝塚劇場と軒を並べる日生劇場公演である。轟悠など専科生と、前半の雪組、後半の花組による『風と共に去りぬ』。日比谷界隈が宝塚一色となった。開場10周年を迎えた大阪茶屋町シアター・ドラマシティでの公演も定着した。ほかにも恒例となった中日劇場公演や博多座、そして全国ツアーを加えるとかなりの数の公演が日本の劇場で上演されていることになる。そして7月1日CS放送局「タカラヅカ・スカイ・ステージ」が開局。まさに日本のどこにいてもいつでも“タカラヅカ”に触れられる時代に突入した。
90周年を目前にし、新たな試みにも挑戦
宝塚歌劇の父、小林一三翁は明治6年(1873年)生まれ、平成15年は生誕130年にあたる。これを記念して1月3日雪組公演に続いて「逸翁に捧げる宝塚ナウ」と題する記念のショーが上演された。春日野八千代、松本悠里、轟悠による祝舞。雪組生全員による「逸翁讃歌」の大合唱が披露された。おかげをもって東京、宝塚それぞれ年間約100万人ものお客様をお迎えできる劇場に育っていった。新しい試みのワークショップとして、バウホール5組連作公演を行った。これは3種類の作品を組み合わせて5組の若手に競演させるもので、出演者、演出家には大いに研鑽の場となった。星組公演「王家に捧ぐ歌」は芸術祭演劇部門優秀賞、「雨に唄えば」の安蘭けいが松尾芸能新人賞を受賞。90周年を控えさらに充実の年とした。

宝塚歌劇 豆知識

宝塚歌劇に関する豆知識をご紹介いたします。各項目をクリックすると解説が表示されます。
  • 男役と女役
  • 組の歴史
  • 緑の袴
  • ラインダンス
  • 清く正しく美しく
  • 大階段と銀橋
  • シャンシャン
  • 新人公演
  • さよなら公演