演出家インタビュー
演出家 小柳奈穂子が語る 『幕末太陽傳』の見どころ
宝塚歌劇らしいオリジナル作品のみならず、映画や文学などの“原作もの”の舞台化まで多様な作品群でその手腕を発揮する、演出家・小柳奈穂子。2015年、早霧せいなのトップお披露目公演で、国民的人気アニメが原作の『ルパン三世 —王妃の首飾りを追え!—』を担当した小柳が、奇しくも早霧の退団公演で、日本映画の名作喜劇「幕末太陽傳」のミュージカル化に挑む。そんな彼女に、今の心境や作品の構想などを聞いた。
制作発表会でのパフォーマンスをつくるにあたって意識したことは?
「幕末太陽傳」の原作をご存知の方から、どのように宝塚歌劇で舞台化するのか、と聞かれることが多かったので、その“答え”になるようなパフォーマンスにしたいと思いました。具体的には、ミュージカル的であること、そして、タカラヅカナイズされた部分を、しっかりとお見せできるものを目指しました。
往年の名作映画をミュージカル・コメディとして上演する意図は?
いち観客として以前から、映画やライブに行くような感覚で気軽に観られる芝居があればいいな、と思っていました。今の立場になってからは、そうした娯楽としての芝居を、宝塚歌劇から少しでも発信していきたいという気持ちがあったので、今回はいろいろな条件が整い、昭和の軽演劇のような誰もが知っている話を繋いで“歌あり踊りありで楽しく観られて一時間半”という舞台を、ミュージカル・コメディとして上演することになりました。
自身が感じる、映画「幕末太陽傳」の魅力とは?
この映画を作った川島雄三監督は、作品が封切られた6年後、45歳という若さで他界されました。ご本人は「幕末太陽傳」の撮影時には、既に病の身であることを分かったうえで、メガホンを取られていたようです。映画の登場人物の一人、高杉晋作が後に肺病で亡くなったことを思っても歴史の切なさと、そんな状況下でも作品がキラキラしているところに、たまらない気持ちになります。「幕末太陽傳」の“太陽”は、当時大ヒットした太陽族映画の“太陽”なのです。いわゆる“太陽族”と呼ばれていた人たちに対して、青森出身の川島監督は“自分は腕ひとつで稼いでいるんだ”というような気持ちがあったのではないかと思います。そういった反骨心が、周りに豪華なスターを配したうえで、主役を演じたフランキー堺さんが一番かっこよく見えてくるというところに繋がっていると考えています。高度経済成長期真っ盛り、当時の労働者への共感のようなものが、私がこの作品にひかれるポイントの一つでもあります。
今回の作品が決まったときの気持ちは?
大好きな作品の一つであったので、単純に嬉しかったです。子どもの頃、父のコレクションの中にあったこの時代の日活映画を観て夢中になったことを覚えています。いずれは、日活映画のように組織に所属して作品を創りたいという憧れが、私の宝塚歌劇団への入団理由の一つです。そのきっかけとなった大好きな世界と、今、私が求められているものが合致したので、とてもワクワクしています。
今作は、早霧せいなの退団公演でもありますが。
新人公演初主演、トップお披露目公演と、これまでとても縁のある彼女の最後の作品だと思うと、いろいろと考えてしまったり、プレッシャーを感じて作業が進まなくなったりするので、退団公演であることは、あまり意識しすぎないようにと思っています。それでも、制作発表会のパフォーマンスを見ると、胸に迫るものがありました。
今作の脚本・演出にあたり大切にしている点は?
純粋な日本物、時代物の作品を担当させていただくのは、今回が初めてとなります。正直なところ不安もありましたが、川島雄三監督も「幕末太陽傳」が初の時代物だったということを知り、今の自分と同じ状況だと思うと、それだけで嬉しくなりました。映画自体が落語をもとにした喜劇で、そこからのミュージカル・コメディですから、いわゆるスラップスティックではなくシチュエーション・コメディに近いものになると思います。そして、川島監督の作風であるダンディズムというか、カッコよくするところで最後に少しだけ外すセンスのよさや、日活映画ならではの骨太でリアルなところも、エッセンスとして取り入れていきたいですね。もちろん宝塚歌劇の舞台ですので、宝塚歌劇らしさは守りながらも、そういった原作の魅力を残していけたらと考えています。
ずばり、早霧せいなの魅力は?
宝塚歌劇も含めて演劇は“ハレとケ”でいうと、“ハレ”になりますが、早霧は“ケ”の部分があって、そこが役者として素晴らしいところだと感じています。彼女はタカラジェンヌとして、手の届かない夢のような人という部分も、もちろん持ち合わせているのですが、それだけではなく、ひょっとしたらそこに存在するかもしれない、と思わせてくれるところが新しいタイプのスターで、とても現代的ですね。彼女の退団はとても残念ですが、作品をご覧いただくお客様にも、寂しいけれど、きっとこれからも元気にやっていくんだろうな、という気持ちになっていただけたら、一番いいと思っています。
咲妃みゆに期待することは?
下級生の頃から勢いがあっていい娘役だなと思っていたのですが、どんどん芸の力をつけて今では本来の可愛さと培ってきた芸が大変高いレベルで融合していると感じています。その融合点を、今回彼女が演じる女郎・おそめ役で、昇華させてくれるのではないかと期待しています。この役は、映画で見る限り職業としての色っぽさはありますが、それよりも一種の職業婦人としてのプライドがあって非常に逞しいんです。そのカラッとした雰囲気を出してほしいと思っています。
望海風斗に期待することは?
望海が演じる高杉晋作は謎多き人物ですが、一方で“高杉晋作といえば”という確固たるイメージもあります。彼は、豪放磊落に生きて20代で亡くなってしまう、伝説の幕末志士です。今作では、望海の持つ骨太の雰囲気が、早霧演じる主人公の対照として存在感を醸し出してくれるのではと期待しています。映画で高杉晋作を演じた石原裕次郎さんのような、明るい魅力を出してほしいと思っています。
トップコンビの退団公演への思いは?
作品自体が一抹の哀愁漂う話ですので、それを楽しく、でも最後はちょっとほろっとして終わるという辺りをきっちり描ければ自ずと、彼女たちへのはなむけになると思っています。ファンの皆様の期待を裏切らないような作品にしたいですね。
注釈
- 軽演劇
時事風刺を取り入れた軽快な大衆演劇。
昭和初期に浅草で誕生し、エノケンの愛称で知られる榎本健一らによって上演され、大変な人気を誇った。 - 太陽族
無軌道で享楽的な若者を指す流行語。
石原慎太郎氏の小説「太陽の季節」が映画化され、大ヒットしたことで、当時の若者に大きな影響を与えた。これに続く映画は“太陽族映画”と呼ばれた。 - スラップスティック
どたばた喜劇。
無声映画が主流であった時代にアメリカの映画監督マック・セネットが作ったスタイル。語源は道化師が相手役を打つ棒。 - シチュエーション・コメディ
固定された登場人物や場面で繰り広げられるコメディ。
主にアメリカのホーム・ドラマで多く見られ、しばしば観客の笑い声などが挿入される。 - ハレとケ
“ハレ(晴)”は冠婚葬祭などの非日常の時間や空間を指し、“ケ(褻)”は日常を指す。
現在では「晴れ着」「晴れ姿」「晴れ舞台」などの言葉として使われている。
【プロフィール】
小柳 奈穂子
東京都出身。1999年宝塚歌劇団に入団。2002年、創世記のハリウッドで映画製作に情熱を傾ける人びとを描いた青春群像劇『SLAPSTICK』(月組)で演出家デビュー。その後、コミックをミュージカル化した『アメリカン・パイ』(2003年雪組)、近未来を舞台にしたファンタジー作品『シャングリラ -水之城-』(2010年宙組)、バウ・ラブ・アドベンチャー『アリスの恋人』(2011年月組)など多様な作品を発表。宝塚大劇場デビュー作『めぐり会いは再び』(2011年星組)が好評を得て、翌年には続編『めぐり会いは再び 2nd ~Star Bride~』(星組)を上演。2013年台湾公演において『怪盗楚留香(そりゅうこう)外伝-花盗人(はなぬすびと)-』(星組)を担当。『Shall we ダンス?』(2013年雪組)、『ルパン三世 —王妃の首飾りを追え!—』(2015年雪組)、『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』(2017年星組)など、映画・漫画原作のミュージカル化にも定評がある。
演出家 中村一徳が語る 『Dramatic “S”!』の見どころ
古きよき宝塚歌劇の伝統を守りつつ、バラエティ豊かな作品群で、宝塚歌劇団のフロントランナーとして活躍し続ける、演出家・中村一徳。海外ミュージカルからオリジナルレビューまで手掛ける守備範囲の広さ、また大人数を的確に配する巧みな演出に定評ある中村が、2014年『My Dream TAKARAZUKA』以来の雪組宝塚大劇場・東京宝塚劇場公演を担当する。そんな彼に、トップコンビの退団公演で、第103期生の初舞台公演でもある作品に臨む思いを聞いた。
Show Spirit『Dramatic “S”!』を手掛けるにあたっての思いは?
まず、この公演が雪組トップスター・早霧せいなの退団公演であることは、作品をつくるにあたり、絶対に切り離すことはできません。彼女が卒業する寂しさはありますが、同時に新しい旅立ちでもありますので、早霧らしく爽やかに、前向きに、ということを意識して作品づくりに臨んでいます。
タイトル『Dramatic “S”!』に込めた思いは?
2013年に早霧のディナーショーを担当したのですが、実は彼女自身が「SS」というタイトルを命名しました。今回の『Dramatic “S”!』は、ディナーショー「SS」からの“S”ということもありますが、そのイメージだけにとどまらず、さらに広がりを持って、さまざまなカラーをお見せできるのではないかと考えています。
トップコンビの退団公演として意識していることは?
早霧、咲妃のトップコンビに対して、お客様が持たれているイメージがあると思いますので、そのイメージを、さらに膨らませるようなショーにしたいです。早霧単独での魅力はもちろんですが、同時に早霧と咲妃のコンビとしての魅力もありますので、デュエットダンスなどでは、お客様の心にいつまでも残る、二人の集大成となるような場面にしたいと考えています。早霧、咲妃ともに実力者ですが、この二人ならではの世界観は、これまで彼女たちが重ねてきた“気持ち”でつくり上げてきた部分が大きいと思います。その二人の“気持ち”に、卒業に寄せる、私を含めたスタッフ側の“思い”も上手くリンクさせたいですね。全体的には湿っぽくならず、二人の人柄に相応しく明るい作品になるように、早霧の持っている多彩な魅力と、今の雪組のエネルギッシュさを、さらに引き出せたらと考えています。これまでも早霧が中心の印象的な場面を担当してくださった先生方の振り付けの場面も予定していますので、早霧を筆頭に、それに続く雪組メンバーにも活躍してもらって、すべての場面でそれぞれの個性を生かせるような作品にしたいです。
自身の考える、Show Star(ショースター)の定義とは?
劇場の空間を自分のものにできる、その空気を感じて大きくなれる人です。一人で大劇場の空間に立って、すべての空気を自分が吸い込むぐらいの大きな存在になること、そうなれた人こそが、ショースターだと考えています。
早霧せいなのショースターとしての魅力は?
彼女の圧倒的な華やかさやシャープさ、ダンスのキレ一つとっても、見ていて本当に胸に響くものがあって、とても魅力的です。琴線に触れる表現の数々は、彼女自身の“心”を見せてくれていると言うのでしょうか。作って表れるというよりも、本人の気持ちがいい方向に進んでいった結果として、観る側を幸せにしてくれるような魅力に繋がっているのだと感じています。私自身は、ショースターの魅力とは、音楽や振りの力だけではなく、基本は“心”だと思っています。いくら爽やかな曲を歌っても、いくらカッコいい曲を踊っても、演者によってそれぞれ違ったものになるわけです。早霧自身が持っている魅力、舞台人としての確かな力は、パフォーマンスを通じて舞台に表れ、それが、お客様の心を打つのだと思います。もともとの本人の性格もあるでしょうけれど、表現するためには、きっと想像以上の努力や苦しみ、闘いや葛藤があるわけですから、そういったものを乗り越える彼女のパワーが、素晴らしいと感じています。彼女と大劇場公演の仕事をするのは今回で3作目ですが、そのときどきの彼女のポジションも違えば、その都度で印象も違いました。今回は彼女の集大成ということで、どのように魅せてくれるのか、そういった意味で、私自身楽しみでもあります。
咲妃みゆの魅力と期待することは?
芝居巧者としてのイメージが強いですが、芝居に限らず、どんな場面、どんな役柄でもすっと入り込む彼女のエネルギーは、やはり特別だと感じています。記憶に新しいのは、『るろうに剣心』のデュエットダンスがとても素敵でしたね。あのデュエットダンスの世界をつくりあげたのは、早霧はもちろんですが、咲妃の力も大きいと感じました。そういった意味では、二人が組んだとき、早霧をさらにエネルギッシュにさせてくれるのは、咲妃の力でもあるのではないでしょうか。今回は、そんな彼女自身の華やかさも、お見せできればいいなと思っています。
望海風斗の魅力と期待することは?
望海とは、今までなかなか仕事をする機会はなかったのですが、彼女が出演するいろいろな作品を観ていると、どの分野の芸事にも安定感とともに、目覚ましさを感じていました。そうした彼女の力が、早霧と咲妃を中心とした今の雪組の体制に、上手く生かされる構成にしたいと思っています。
あらためて、トップコンビの退団公演にあたっての思いは?
退団は避けては通れない道とはいえ、大変残念な気持ちでいっぱいですが、そういった思いよりも、今回の“縁”を大切にしたいと思っています。早霧と咲妃が残していくものを、二人の芸事に対する真摯な気持ちを、後輩たちには感じ取ってもらいたいです。それは決して、早霧たちの一代だけの継承ではなく、極端に言えば、宝塚歌劇はそうして100年以上続いてきたわけですから、その気持ちの部分でも引き継ぎをしていけたらいいですね。そして、ただ送り出すのではなく、彼女たちの“絆”を感じていただける公演にしたいと考えています。今の雪組メンバーでつくることができる最後の公演であることを大切に、私自身も務めたいと思います。
第103期初舞台生のお披露目公演でもありますが。
初舞台に臨む第103期生、その一人ひとりが可能性に満ちあふれている、ということを大切に表現したいと思っています。初舞台を踏むこの瞬間が人生の中でも最も輝いている時で、そうした宝塚歌劇の初舞台の素晴らしさをイメージした、ラインダンスを考えています。
最後に、お客様へのメッセージを。
トップコンビの退団公演であるという思いは強いのですが、初めて宝塚歌劇をご覧になるお客様もいらっしゃるわけですから、純粋にショーの楽しさも感じていただきたいと思っています。そして、早霧と咲妃の二人にとっての最後となるその瞬間に、出演者のみんながショースターとして輝いていることが一番だと思います。その上でトップスター、そしてトップコンビの退団公演という思いも背負っていきたいと考えていますので、その辺りのバランスを考慮しつつ、すべてのお客様に楽しんでいただけるショーを目指したいです。皆様、ぜひ劇場に足をお運びください。
【プロフィール】
中村 一徳
大阪府出身。1988年宝塚歌劇団に入団。1994年、17世紀半ばの李氏朝鮮を舞台にした『サラン・愛』(花組)で演出家デビュー。『大上海』(1995年雪組)、『香港夜想曲』(1996年花組)と、アジアを舞台にした作品を発表。宝塚歌劇の伝統と現代的なシャープさが光るレビュー『プレスティージュ』(1996年月組)で宝塚大劇場デビュー。1999年には往年の名作レビューをリメイクした『華麗なる千拍子’99』(雪組)を担当。同名の名作映画をミュージカル化した『雨に唄えば』(2003年星組、2008年宙組)、小説「オペラ座の怪人」をもとにした『ファントム』(2004年宙組、2006年花組、2011年花組)を手掛けた。近年は『Shining Rhythm!』(2012年雪組)、『Fantastic Energy!』(2013年月組)、『My Dream TAKARAZUKA』(2014年雪組)、『Melodia -熱く美しき旋律-』(2015年花組)などの、娯楽性の高い宝塚歌劇ならではの華麗なレビュー作品を多く生み出している。