『ANOTHER WORLD』の魅力
演出家 谷正純が語る『ANOTHER WORLD』の見どころ<前編>
4月27日に初日を迎える、RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』。
熱の入った稽古が続き、日々手ごたえを感じつつある、谷正純に話を聞いた。
宝塚歌劇で“あの世”の落語噺を題材としたミュージカル作品!?
“生臭い”ことさえも笑いにするエネルギー、その人間力が落語の面白いところ。
落語噺を題材としたきっかけは?
以前から落語が好きで、上方落語の大ネタ「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」は、レビューの要素を取り入れて、宝塚歌劇らしい作品にできるのではと、ひそかにあたためていた題材です。今回役者が揃い、大劇場作品として上演がかないましたので、死後の世界にまつわる落語噺「朝友(あさとも)」と「死ぬなら今」を組み合わせて、“あの世”つながりのオリジナルストーリーに仕立てました。
どのような作品に?
物語の骨子として、江戸落語の「朝友」を取り入れました。そもそもありえない設定ではあるけれども、恋患いで命を落とした主人公たちが“あの世”で再会し……という噺です。主人公・康次郎(紅ゆずる)と、ヒロインのお澄(綺咲愛里)が互いに一目惚れし、恋患いのために“あの世”にゆき、そこで再会を果たします。二人のキャラクターには「崇徳院」の設定を織り交ぜました。真面目で純粋であるがゆえに、死ぬほど思いつめる姿が、かえって面白い役どころです。また、「朝友」はもともと江戸落語ですが、トップコンビの出身地が奇しくも関西なので、あえて上方に舞台を移しました。そんな二人には上方言葉を遣ってもらいますので、彼女たちの本領発揮といったところですね(笑)。
落語噺をミュージカル化するにあたり、意識したことは?
今回は落語を題材にしていますが、“落語だから”と特別に意識したことはありません。宝塚歌劇の代表作のひとつ『ベルサイユのばら』も漫画が原作ですし、私が2年前に担当した星組公演『こうもり』も、オペレッタを原作にミュージカル化しました。それと同じように、落語も取り上げる題材のひとつとして取り組んでいますので、宝塚歌劇らしい美しさ、華やかさは今回の作品でも大切にしています。
ここ数年でブームの再来と注目が集まる落語。その魅力とは?
落語とはシンプルに笑えて、楽しめるもの。なによりも、人間がいきいきと、たくましく生きている姿がいいですね。庶民が主役、そうした普通の人たちが、逆境をも笑いに変えてしまう。そんな強さや活力を感じるところに、とても惹かれています。
以前はテレビ放送も多くて、今よりもっと落語が身近にありました。今回の作品を通して、落語の持つ楽しさや面白さを、落語をご存じの方もそうでない方も、すべてのお客様にお届けしたいですね。
今回は究極の逆境といえる“死”をも笑いにした“あの世”が舞台となりますが。
江戸時代に“心中物”が流行ったときには、実際に心中してしまう人たちも少なからずいたようです。そういう理由から、心中物が規制される時期も確かにありました。でも、落語の本質はそうではなく、生きていくことを強調しているエンターテインメントだと思っています。つまり、人のエネルギーと、そのシンプルな楽しさが面白さに結びつくわけです。
『ANOTHER WORLD』で描かれる“あの世”とは?
実際に“あの世”を見た人はいないわけですから、極端にいえば“なんでもあり”の世界だと思っています。たとえば、閻魔大王や赤鬼、青鬼をイメージした絵は数多くあっても、それが正解なのか誰にもわかりませんよね。そういう意味で『ANOTHER WORLD』で登場するキャラクターたちは“なんでもあり”なんです。たとえば、大江山の伝説で有名な源頼光、彼は平安時代の人物ですが今作に登場してもいいじゃないか、と。ましてや『くらわんか』のキャラクター“貧乏神”がいても不思議じゃない(笑)。ただ、閻魔大王であったり、貧乏神であったり、正解がないからこそ想像力を働かせて、それぞれに役を掘り下げなければなりません。
今回は紅をはじめ出演者ほとんど全員が、お手本のない役を演じるという。
ゼロから役をつくり上げる。それは、出演者の新たな魅力が開花されるとき。
座付演出家として、谷正純が提示した新たな課題に対し、出演者はどのように花開くのか。
演出家 谷正純が語る『ANOTHER WORLD』の見どころ<後編>
出演者全員に求めるコンセプトは“ギャップ”。
新たな魅力を引き出す、谷正純ならではの“愛”。
前編に引き続き、演出家・谷正純に話を聞いた。
主人公の康次郎と、ヒロインのお澄。役づくりまっただ中の出演者ですが、どのような人物になりそうでしょうか。
紅が演じる康次郎は、大坂の両替商「誉田(こんだ)屋」の若旦那で、とても純粋で一途な人物です。いわゆる上方落語で好まれる二枚目役です。普段の彼女はバイタリティがあって、とてもユニークな人柄ですが、今回はあえて少し違った笑いを追求してもらおうかと。“一途で真面目だからこそ面白い”というキャラクターを演じてもらいます。
綺咲演じるお澄も康次郎同様に、一途で真面目な性格ですが、ただ可愛らしいのではなく一癖ある役です(笑)。定型的な娘役らしいキャラクターではありませんので、綺咲の新しい一面が垣間見れるのではないかと、紅同様に楽しみでもあり、彼女たちに期待しています。
そんな二人の恋を中心に、ストーリーが進んでゆくわけですが。
はい。実は今回、紅には全場に出演してもらいます。彼女が演じる康次郎が物語を動かしていくなかで、次々と“あの世”の個性的な登場人物たちと関わって……という展開にしています。一癖も二癖もある、その面々たちが康次郎とお澄の一途な恋に共感することで、ご覧になっているお客様にも、主人公二人の純粋な気持ちに共感し、応援していただけるのではないかと。
礼真琴が演じる徳三郎は、“江戸”出身ですね。
礼の出身地に違わず、徳三郎は江戸の米問屋「寿屋」の若主人です。遊興にふける遊び人で“この世”では遊びつくしたという理由で、仲間と一緒に“あの世”へゆくという(笑)、彼女のイメージと全く違う役どころに挑戦してもらいます。そんな徳三郎も康次郎と出会い、彼らの恋を応援するようになります。
実は康次郎が上方、徳三郎が江戸と、それぞれ文化も美学も違う二人。今回、紅にも礼にも普段の彼女たちと違うギャップのある役を演じてもらいますので、二人の関係性のなかから生まれる、新鮮な面白さにも、ぜひ注目していただきたいですね。
専科からは閻魔大王役・汝鳥伶と、貧乏神役・華形ひかるが出演します。
汝鳥伶はこれまで落語を題材とした4作品のうち、3作品(『くらわんか』『やらずの雨』『雪景色』)に出演してもらいました。舞台にいるだけで、芝居が締まる、とても頼もしい存在です。これまでの作品では、家主さんを演じてもらいましたが、果たして今回はどのように演じてくれるのか、私自身が楽しみで仕方ありません(笑)。そして、華形ひかるには『くらわんか』でも演じてもらった貧乏神を、ふたたび演じてもらいます(笑)。時を経て、今の彼女がどんな貧乏神で魅せてくれるのか、こちらも楽しみのひとつです。
星組公演を担当するのは2016年の『こうもり』以来、2年ぶりです。
『こうもり』はオペレッタを題材としたミュージカルだったので、まずは歌うこと、オペレッタならではの声を出すことに、全員が一生懸命になっていたように思います。今回はより自由でのびのびとしたエネルギーを感じています。紅をピラミッドの頂点に、一人ひとりが放つエネルギーが作品に注がれることで、とても面白いものになると、手ごたえを感じています。
ポスタービジュアルは“あの世”のイメージに反して(笑)、とても華やかですね。
そうですね(笑)。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、紅をはじめとしたこの三人、実は“死装束”を着ているんです。さきほどの話ではありませんが、“あの世”なのでなんでもあり。もちろん、宝塚歌劇の作品として上演するわけですから、“あの世”もタカラヅカらしく、美しくショーアップしています。長唄や詩吟、演歌といった和の要素も取り入れた音楽や、衣装の華やかさもお楽しみいただけると思います。
最後にお客様にメッセージを。
“あの世”を舞台にした作品ですが、宝塚歌劇らしく、美しいミュージカルです。プロローグは落語でいう“マクラ”の部分、美しい若衆と美女のチョンパからはじまります。“あの世”でも、人間のたくましさや強さ、そしてエネルギーを感じさせる登場人物たちが織り成す物語に、おおいに笑っていただきたいです。また、宝塚大劇場のみですが、この星組公演は第104期初舞台生の口上もあります。とても華やいだ公演になると思いますので、どうぞご期待いただければと思います。
演出家・谷正純の積年の思いと、星組トップスター紅ゆずるという役者と、今作の出演者だからこそ生み出される、目から鱗の抱腹絶倒のミュージカル作品、RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』。
宝塚歌劇の新たな扉を開く——。その新感覚の魅力を、ぜひ劇場でお楽しみください。
【プロフィール】
谷 正純
東京都出身。1979年宝塚歌劇団入団。1986年宝塚バウホール公演『散る花よ、風の囁きを聞け』(花組)で演出家デビュー。1990年『秋…冬への前奏曲』(花組)で宝塚大劇場デビュー。名作映画をミュージカル化した1995年『エデンの東』(花組)、ブロードウェイ・ミュージカルに宝塚歌劇ならではのリメイクを加えた1996年『CAN-CAN』(月組)、オペレッタに材を取った2010年『ジプシー男爵』(月組)、2016年『こうもり』(星組)など、オリジナル作品に留まらず、さまざまなジャンルのエンターテインメントを宝塚歌劇の舞台で鮮やかに表現し、高い評価を得た。また、宝塚歌劇では珍しい古典落語を題材とした人情喜劇として、2003年『なみだ橋 えがお橋』(月組)、2005年『くらわんか』(花組)、2006年『やらずの雨』(月組)、2009年『雪景色』(雪組)を発表し、客席を笑いの渦に巻き込んだ。星組公演『ANOTER WORLD』でも、宝塚歌劇と落語を融合させた舞台に期待と注目が集まっている。
RAKUGO MUSICALの前に ~谷正純の落語作品~
観客を笑いの渦で包み込む滑稽噺から、心温まる人情噺まで、多彩な魅力で幅広い層から人気を集める落語。
星組公演 RAKUGO MUSICAL『ANOTER WORLD』の作・演出を担当する谷正純は、これまでも古典落語からいくつかの噺を織り交ぜて、誰もが楽しめる作品を発表してきました。落語噺をモチーフに谷が描くのは、逆境すらも笑いに変える“たくましさ”や“したたかさ”、そして“優しさ”を持った人びとが織り成す、笑いに溢れた人情喜劇です。
ここでは、谷が手掛けた痛快無比な「落語×宝塚歌劇」作品を、当時のエピソードも交えてご紹介します。
月組公演『なみだ橋 えがお橋』(2003年)
古典落語の中で身投げが噺の発端となっている、「文七元結」「おせつ徳次郎」「辰己の辻占」「星野屋」「身投げ屋」の五編を中心に、落語噺の数々が、奇妙に、巧妙に入り乱れる人情喜劇。
川向こうの吉原の明かりも眩しい浅草・吾妻橋。放蕩の末に五十両の借金を抱え、身投げするほかない大店の若旦那・徳三郎は、馴染みの遊女・十六夜と道行き宜しくやって来る。念仏を唱え同時に入水する手筈だが、吾妻橋は身投げの名所。次から次へと身投げ志願者がやって来る。その誰もが五十両の金に縛られていた。二人は身投げを助けたり助けられたり、五十両を貰ったり呉れてやったりの大忙し……。そして、商人・徳三郎の本領が発揮される時が来る。『身投げは金になる』、二人は『身投げ屋』なる新商売を思いついた。
こぼれ話
「身投げ屋稼業は決していいことではありませんが、なんとか助けてあげたいという人情もあって、そういう意味で悪い人たちが登場しない作品です。宝塚バウホールという小劇場での上演だからこそ、セットは舞台中央に一本の橋。さまざまな登場人物が身投げをしに橋のたもとにやって来るストーリー展開で、落語噺の人情と小気味の好さを表現しています。」
花組公演『くらわんか』(2005年)
大阪・枚方、三十石の船着場の船宿を舞台に、上方落語の主人公たちと、近松心中物語の主人公たちが交錯しながら、荒唐無稽・抱腹絶倒の人情喜劇を繰り広げた。
「くらわんか船」の船頭・八五郎は根っからの怠け者だが、したたかに生きる術を心得ていた。ある日、船宿の主人・甚兵衛が持ち掛けてきた縁談話を八五郎は喜んで承知。嫁が来ると喜ぶ八五郎に、気の弱い貧乏神が取り憑くが、八五郎から小銭をせびられ、身の回りの世話をするはめになってしまう。甚兵衛と貧乏神を仲人にした婚礼の夜、もう一人の嫁・幽霊の小糸が現れた。昼の女房・言葉が丁寧過ぎる延陽伯と、夜の女房・幽霊の小糸、そして女中代わりの貧乏神。八五郎の奇妙な新生活が始まった…。
この作品は、蘭寿とむ・愛音羽麗が交代で主演を務めた。
こぼれ話
「ダブル主演の蘭寿とむと愛音羽麗が関西出身という好機に、念願の「上方落語」をモチーフにした作品の上演。いわゆる上方落語のキャラクターたちの活躍を描きました。飾り気がなく“アホ”だけど愛すべき人たちが登場し、とことん上方落語の“笑い”に徹した作品です。」
落語作品づくりのエピソード
「落語をモチーフとした作品が、宝塚歌劇のお客様にどの程度受け入れられるのか、正直なところ不安もありました。まずは江戸落語をベースとした『なみだ橋 えがお橋』という作品をつくりました。手ごたえを感じ、次は上方落語ベースの『くらわんか』、そして『やらずの雨』『雪景色』……と、一つひとつ落語だからこそやってみたいことに挑戦してきました。」
雪組公演『やらずの雨』(2006年)
「お初徳兵衛」を骨子とし、「佃祭」「唐茄子屋政談」などの人情噺、「芝浜の皮財布」「夢金」などを題材に、人の情けの温かさを描いた。
材木商の若旦那・徳兵衛は、根っからの道楽者。一人息子可愛さに、徳兵衛の道楽に目を瞑ってきた父親・甚兵衛も、店の金に手を付けるようになっては黙ってはおれず、改心してくれればと、一縷の願いを託して、勘当を言い渡した。しかし、行くあてのなくなった徳兵衛に残された道は、身投げ……。柳橋から身を投げようとしたところへ現れたのが、柳橋芸者で徳兵衛とは幼馴染のお初。甚兵衛の親心を知るお初は、心を鬼にして、徳兵衛を扱う。翌日、徳兵衛の前に唐茄子が入った籠と天秤棒を置き、「自分の力で稼いでいらっしゃい」というお初の勢いに押され、徳兵衛は天秤棒を担いで表に出るが……。
こぼれ話
「関東出身の音月桂主演ということもあり、江戸落語のいわゆる二枚目役を主人公に人情噺を描きたいと思いました。落語の典型的なパターンである、真面目な若旦那が吉原通いで見事な堕落ぶりを披露。笑いのなかにも、タカラヅカの男役だからこそハマる、江戸の粋さや、佇まいに色気を感じる江戸の二枚目振りが表現できたと思います。」
雪組公演『雪景色』(2009年)
第一幕『愛ふたつ』、第二幕『花かんざし』、第三幕『夢のなごり』で構成されたオムニバス・ロマン。
『愛ふたつ』は上方落語「小間物屋小四郎」をベースに、一つの勘違いに翻弄される人々の姿を描く抱腹絶倒の人情喜劇。『花かんざし』は愛する人のために、自己を犠牲にしてまでも生きようとする若者たちの姿を描く人情劇。そして『夢のなごり』は同じ女性を愛した平家の落人兄弟の苦悩を描く舞踊劇。
江戸と上方、平家伝説、三つの人情噺を、早霧せいな、沙央くらまが、役替わりで競演した。
こぼれ話
「落語をモチーフとしたのは、第一幕の『愛ふたつ』のみですが、まるで一人の落語家(噺家)さんが演じるような間合い、テンポ、スピーディーな展開をやってみようと思いました。本来は一人の噺家さんがやるからこそのテンポの売りを、早霧せいなと沙央くらまのダブル主演だからこそ、なせる技でした。」
落語は究極の演技指導
「私は宝塚音楽学校で演技を教えていますが、芝居の授業に落語を取り入れています。落語では、ひとりの落語家(噺家)さんが何役も、たとえば6人のキャラクターが登場する場合は6役を演じ分けるんですよね。これにはかなりの表現力を求められます。次にそのキャラクターを6人で演じてみると、その表現力に幅が出て、さらに演技に広がりが増し、面白いものができるわけです。これが今回の『ANOTER WORLD』でも生きてくると思っています。」
これら、谷正純の落語作品の数々は、個性豊かなキャラクターと、胸がスカッとするようなストーリーで、幅広い層から好評を得てきました。星組公演『ANOTER WORLD』は、古典落語がモチーフだからこその面白さを、宝塚歌劇らしくショーアップし、歌とダンスと笑いがいっぱいの舞台としてお届けします。
おあとがよろしいようで……。
稀代のエンターテイナー・紅ゆずる率いる星組による、抱腹絶倒の落語ミュージカルに、どうぞご期待ください!
RAKUGOを知る~落語の起源について~
RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』は、「地獄八景亡者戯(じごくはっけいもうじゃのたわむれ)」「朝友(あさとも)」「死ぬなら今」などの落語噺をちりばめた“落語ミュージカル”です。
身近なようで馴染みのない方も多いかもしれません。観劇前の予備知識に、落語の世界に触れてみましょう。
オチあればこそ?
辞書には「滑稽を主とする話で、機知に富んだ結末(オチまたはサゲ)で終わるもの」などの説明が見られます。つまり、滑稽な話であり、オチ(またはサゲ)がつくこと、それが落語の重要な要素です。オチを必須とした話、すなわち“落としばなし”が、やがて“落語”という名称につながったと言われています。
落語の特徴は、衣装や舞台装置をほとんど使用せず、一人何役も演じながら、身振り手振りで話を進めること。演者の技巧と聴き手の想像力とで、話の世界は限りなく広がるのです。
落語の主役は庶民。
落語は、おとぎ話から世間話にいたるまで、その題材はとても広く、制限はありません。登場人物も、老若男女を問わず、妖怪変化が登場する話まであります。しかし、物語の中心はいつも一般庶民。熊さん、八つぁん、ご隠居さんに番頭さん…彼らの周りに転がる人情の表現、人生の哀歓が、落語の根幹となるのです。
そんな中で、しばしば登場するのが、お墓やお坊さん。落語には欠かせないエッセンスの一つとなっています。それはなぜでしょうか。
落語の始まりは、お寺だった!
僧侶が仏教の教えを説き聞かせる「説教」。庶民にとっては難解で退屈なものです。そんな説教に耳を傾けさせる極意が“初めしんみり、中おかしく、しまい尊く言い習わし”というものでした。難しい経典のポイントを取り出して、庶民の日常生活に沿うように面白おかしく仏法を説き聞かせたのが、落語の起源というわけです。
そういえば、和服を着て座布団に正座する落語のスタイルは、お坊さんの説教のスタイルに似ていますね。
落語の発展、そしてブームへ。
安土桃山時代になると、豊臣秀吉お抱えの御伽衆(大名の側で書物の講釈や話し相手をする役割の人)で僧でもあった安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)が、小僧の頃から聞き覚えた説教や、巷間の面白い話にオチをつけてまとめた「醒睡笑(せいすいしょう)」を著作します。これが現在の落語の母体になったと言われています。江戸時代には、不特定多数を聴衆とし代価を得て演じる者が現れ、落語はブームとなりました。
“高座”、“前座”、“まんだら”(落語家が使う手ぬぐい)など、落語用語と仏教用語が共通しているのも、落語が仏教を起源としているからなのです。落語から材をとった『ANOTER WORLD』の舞台が“あの世”というのも、うなずける話ですね。
次のページでは、『ANOTHER WORLD』の舞台となる「あの世」を少しだけご紹介します。
「あの世」を知るキーワード解説
『ANOTHER WORLD』で描かれるのが、「あの世」。耳にはするけど見た人はいない…「あの世」とはいったいどんなところなのでしょうか。ここでは、それを知るカギとなる用語をご紹介します。
死装束(しにしょうぞく)
納棺のときに死者に着せる衣装のこと。その一式に、経帷子(きょうかたびら)、笠、杖、白足袋・わらじ、数珠、三角頭巾、手甲(てっこう)、脚絆(きゃはん)、そして『ANOTEHR WORLD』にも登場する、頭陀袋(ずたぶくろ)・六文銭がある。三途の川の渡し賃として、死者は六文銭を入れた頭陀袋を首にかける。
蓮の花(はすのはな)
泥の中から生えるのに美しく咲くことから、「つらいことの多い人生でも、心は汚れさせずに美しく咲きましょう」との仏の教えにも通じ、仏教が重要視する花とされる。お釈迦様や阿弥陀様が蓮の花の上に鎮座していることからもよくわかる。
三途の川(さんずのかわ)
「この世」と「あの世」の境界となる川。善人が渡る有橋渡(うきょうと)、罪の浅い者が渡る山水瀬(さんすいせ)、悪人が渡る江深淵(こうしんえん)の三か所の渡り場所があることが名前の由来。
奪衣婆(だつえのばば)/葬頭河の婆(しょうずかのばば)
渡し賃の六文銭を持たずに三途の川に来た者の着物をはぎ取る老婆。
衣領樹(えりょうじゅ)
三途の川のほとりに生える大樹。奪衣婆から受け取った死者の着物を懸衣翁(けんえおう)がその枝にかけると、枝の垂れ方によって生前の罪の重さがわかるとされている。
閻魔大王(えんまだいおう)
死者の罪を裁く、地獄の王。死者は閻魔大王の審問を受けることによって生前の罪の重さが証明され、どの地獄に送られるか、あるいはどこに生まれ変わるかが決められる。
浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)
閻魔大王が死者を裁く際に使う鏡。この鏡には死者の一生が隅々まで映し出され、そこに映る罪に応じて死後の行き先が決まる。
星組公演『ANOTHER WORLD』は、「あの世」と「この世」を行き来して繰り広げる純愛冒険物語。両替商の若旦那・康次郎が巻き起こす恋の騒動の顛末は……。
個性豊かな星組メンバーによる抱腹絶倒の落語ミュージカルで、愉快な「あの世」をのぞいてみませんか?
※これらの事柄には諸説あります。