『蒼穹の昴』の世界
浅田次郎×宝塚歌劇
雪組が挑む今作、清朝末期の中国・紫禁城を舞台に壮大なスケールで描く『蒼穹の昴』は、人気作家・浅田次郎氏による同名小説が原作です。
軽妙なタッチから重厚な作品まで幅広い作風で愛される浅田氏の小説は、その親しみやすさと人間ドラマの味わい深さから、これまでにも宝塚歌劇で舞台化されてきました。
浅田氏の小説の情趣と宝塚歌劇の華やかな舞台の魅力が融合した、過去の上演作品をご紹介します。
王妃の館
『王妃の館 -Château de la Reine-』(2017年宙組公演)
~原作 浅田次郎「王妃の館」(集英社文庫刊)~
脚本・演出:田渕大輔
主な配役:北白川右京…朝夏まなと、桜井玲子…実咲凜音、ルイ14世…真風涼帆
STORY
今や高級ホテルに姿を変えた古城が深刻な経営難に陥り、そこに目を付けた旅行会社は奇策を打ち出す。その奇策とはなんと、高額ツアーと格安ツアーそれぞれの客を昼と夜とに分け、同室に入れ違いで宿泊させるダブルブッキングだった。ところが、集まったのはセレブ気取りの風変わりな人気作家・北白川右京ら、一筋縄ではいかない癖者ばかり。かくして、かつての城主ルイ14世の物語も紐解かれる中、様々な騒動が巻き起こっていく…。
2017年、宝塚歌劇で初めて舞台化された浅田作品は、フランスはパリで繰り広げられる奇想天外のミュージカル・コメディ「王妃の館」。浅田氏がパリ旅行中に構想されたというこのベストセラー小説は、太陽王ルイ14世が残した“シャトー・ドゥ・ラ・レーヌ(王妃の館)”を舞台に、個性豊かな登場人物たちが織り成す人間模様がコミカルに描かれた物語です。
この作品で大劇場での演出家デビューを飾った田渕大輔は、原作のコメディ要素はそのままに、宝塚歌劇が得意とするパリの風情や自在な時間感覚を再現し、男女の恋愛や人間愛を鮮やかに脚色しました。原作のユニークな設定と、キャラクター際立つ宙組の熱演が見事に調和し、原作ファンと宝塚歌劇ファンの双方から好評を博しました。
壬生義士伝
『壬生義士伝』(2019年雪組公演)
~原作 浅田次郎「壬生義士伝」(文春文庫刊)~
脚本・演出:石田昌也
主な配役:吉村貫一郎…望海風斗、しづ/みよ…真彩希帆、大野次郎右衛門…彩風咲奈
STORY
幕末、南部藩の下級武士として生まれた吉村貫一郎は、妻・しづを残して脱藩、新選組隊士となり、北辰一刀流免許皆伝の腕前を武器に、貧困に喘ぐ家族の為、危険な任務も厭わず人を斬り続ける。しかし、時代の流れには逆らえず、新選組にも終わりの時は近づいていた。故郷への帰藩を請うべく大坂の南部藩屋敷へと辿り着く貫一郎。彼の前に現れたのは、出世し蔵屋敷差配役となった竹馬の友・大野次郎右衛門だった…。
次に舞台化されたのは、ドラマ化、映画化ともに大ヒットを記録した浅田氏初の時代小説「壬生義士伝」。名だたる新選組隊士たちから一目置かれながらも無名の存在であった、田舎侍・吉村貫一郎を主人公に、武士としての義、家族愛、友情など、あらゆる人間ドラマが凝縮された作品です。2019年、新選組を題材とする物語に馴染み深い雪組が、この名作に挑みました。
浅田氏自身がこだわった「義」の精神を、ベテラン演出家・石田昌也が誠実に描き、壮絶な生きざまを見せた主人公と、その時代を生きた人々の想いを舞台で息づかせ、客席の涙を誘いました。吉村の幼馴染、大野次郎右衛門を演じた現雪組トップスター・彩風咲奈は、社会的立場と固い友情の間で苦悩する難役を見事に演じ、物語に厚みを加えました。
浅田次郎氏プロフィール
浅田次郎(あさだ・じろう)
1951年東京都生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞、1997年『鉄道員(ぽっぽや)』で第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞と第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞をそれぞれ受賞。2015年紫綬褒章受章。2019年「蒼穹の昴」シリーズをはじめとする文学界への貢献で、第67回菊池寛賞を受賞。『蒼穹の昴』を第1部とするシリーズは、第2部『珍妃の井戸』、第3部『中原の虹』、第4部『マンチュリアン・リポート』、第5部『天子蒙塵』と続いており、2021年 第6部に当たる最新作『兵諫』を刊行。他の著書に『霞町物語』『おもかげ』『流人道中記』など多数。
清朝末期の激動の中、運命に抗い力強く生きる人間たちの、勇気と希望の物語『蒼穹の昴』。浅田次郎氏の壮大なベストセラー小説を、気鋭の演出家・原田諒が、宝塚歌劇の超大作ミュージカルとして、ドラマティックにそして華やかに描き出します。どうぞご期待ください!
作品紹介
雪組公演の原作小説と、雪組公演に登場する人物たちをご紹介します。
原作「蒼穹の昴」とは?
壮大なシリーズはここから始まった
1996年に刊行された「蒼穹の昴」は、19世紀末・清朝末期の紫禁城を舞台に、清王朝の中枢にかかわることになる二人の若者を軸として、それぞれの運命を生きた人々をドラマティックに描いた小説です。2010年には日中共同制作により連続ドラマ化もされ、壮大な歴史大河ドラマは両国で話題を呼びました。
この「蒼穹の昴」を第一部とした近代中国物の作品群は“「蒼穹の昴」シリーズ”と呼ばれ、現在までに第二部「珍妃の井戸」、第三部「中原の虹」、第四部「マンチュリアン・リポート」、第五部「天子蒙塵」、第六部「兵諫」が刊行、原作者・浅田次郎氏のライフワークともいうべき人気シリーズとなっています。大きく変貌していく時代の中にあっても運命に屈することなく、自らの手で人生を切り拓こうとする主人公たちの物語は、数多くの読者を魅了し、勇気を届けてきました。
あらすじ <原作「蒼穹の昴」シリーズ 解説より>
「汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう」—— 中国清朝末期、貧しい糞拾いの少年、李春児(リィ チュンル)は、老占い師、白太太(パイタイタイ)にこう予言を受ける。飢えに苦しみながら、春児はこの予言を希望に上京を決意する。
同じ村の地主の息子、梁文秀(リァン ウェンシウ)は科挙試験を受けるため北京へ向かう。身分は違うがおさないころから兄とも慕う文秀を頼り、春児は都へと上った。
文秀は気の遠くなるような倍率の科挙試験に挑み、春児は自らの生きる道をさがしてある決断を下す。やがて、混迷する清王朝の中枢に、それぞれの形でかかわるようになる二人を待ち受ける宿命とは。
宝塚歌劇版では、梁文秀を主軸に置き換え、清国の権勢のなか運命に立ち向かう人々の奮闘を、繊細かつダイナミックな演出で描きます。舞台上に再現される壮大な人気長編小説の世界にご期待ください。
時代背景
物語は梁文秀と李春児が都の北京へ上ることになった、1886年から十数年間の清朝末期を中心に描かれます。イギリスなど列強の西洋諸国が植民地拡大を狙い、アジアへの影響力を強めていた激動の時代。清朝は第11代皇帝・光緒帝の治世でありながら、実権を握っていたのは摂政である伯母の西太后でした。
列強による領土分割の危機がすぐそこまで迫るなか、官僚たちは二つの派閥に分かれます。若き光緒帝に実権を移し、近代化を推し進めようとする帝党(改革派)と、西太后を支持する后党(保守派)です。主人公たちは、激しさを増す官僚たちの抗争、そして時代のうねりに翻弄されることになります。
宝塚版『蒼穹の昴』主な登場人物
梁文秀(リァン ウェンシウ)【彩風 咲奈】
河北(かほく)・直隷(ちょくれい)省静海(チンハイ)県、梁家屯(りょうかとん)の地主の次男。李春児の兄と義兄弟の契りを交わした間柄。光緒12年の科挙に状元(首席)で合格し進士となる。
李玲玲(リィ リンリン)【朝月 希和】
春児の妹。両親を失い、文秀に助けられた。文秀には妹のように可愛がられる。
李春児(リィ チュンル)【朝美 絢】
梁家屯の貧しい農民の子。「その手にあまねく財宝を手にするだろう」という白太太の占いを頼りに、都へと上る。
李鴻章(り こうしょう)【凪七 瑠海】
科挙出身の漢人将軍。内乱を平定し直隷総督となり、西太后の信頼を得て洋務運動を進める。
順桂(シュン コイ)【和希 そら】
満州旗人。光緒12年の科挙に榜眼(ぼうがん/次席)で合格した進士。
光緒帝(こうしょてい)【縣 千】
清朝第11代皇帝。西太后の甥。西太后の後ろ盾により、幼くして即位した。
ミセス・チャン【夢白 あや】
異国のジャーナリストたちと行動を共にする謎の美女。
白太太(パイタイタイ)【京 三紗】
韃靼(だったん)の薩満(シャーマン)。星占いの秘術を持つ老女。
伊藤博文【汝鳥 伶】
明治維新を成功させた元勲の一人。日本の初代内閣総理大臣。
西太后【一樹 千尋】
清朝第9代皇帝・咸豊帝(かんぽうてい)の側室。咸豊帝の死後、三代にわたり政を行う晩清の女傑。
楊喜楨(よう きてい)【夏美 よう】
光緒帝の学問の師でもある大学者。文秀たちの才覚を見出す。帝党(改革派)の筆頭。
栄禄(えい ろく)【悠真 倫】
満州旗人。汚職により都を追われていたが、内務府大臣として都に戻ってくる。西太后側近の権力者。
清朝豆知識
清朝末期の中国・紫禁城を舞台に繰り広げられる本作の観劇前に知っておくと、さらに公演を楽しめる豆知識をご紹介します。
中国最後の王朝、清王朝とは?
17世紀はじめに中国東北部に住む満州族が建国した清は、当時の王朝・明を滅ぼした農民反乱を鎮め、中国全土を支配しました。その後、約300年間もの長きにわたり国を治めた、中国最後の王朝です。
明は国内の多数派である漢民族の王朝でしたが、清は少数部族の満州族による王朝。漢民族の文化や制度は残す一方で、満州族の文化である辮髪(べんぱつ)を強いるなど、独自の統治をとったことでも知られています。
CHECK!
清朝時代は、日本の江戸時代の初期から明治時代の終わり頃にあたります。文秀が属した帝党(改革派)は、明治維新により近代化を遂げた日本に影響を受け、改革を推し進めようとします。文秀たち帝党と、明治維新の立役者の一人である伊藤博文との関係にもご注目ください。
物語の舞台、「紫禁城」ってどんなところ?
北京の中心にある紫禁城(しきんじょう)は、明朝の永楽帝が14年かけて築いた宮殿。清朝最後の皇帝・宣統帝が退位するまで、約500年にわたり中国の王宮でした。「999の建物と9999の部屋がある」とたとえられるほど広大な敷地を有し、現存する宮殿では世界最大級ともいわれています。
中国では皇帝の色とされた黄色の瑠璃瓦で覆われた屋根や、紅牆(こうしょう)の壁といった華麗な外観が特徴的で、儀式などが行われる「外朝」と皇帝や皇后が暮らす「内廷」に分かれた大小さまざまな建物や門があります。現存するのは清朝時代に建てられたものが大半で、世界遺産「故宮博物院」として一般に開かれています。
CHECK!
官吏(かんり)となり光緒帝に仕える文秀が活躍するのは、皇帝が公務を行う外朝。宦官(かんがん)として入廷し、西太后の側近として昇りつめてゆく春児が生活するのは内廷。とてつもなく広い紫禁城の中の異なる場所で、それぞれの道を歩む二人がどのように再会するのか、お楽しみに。
文秀が首席合格した「科挙試験」とは?
科挙(かきょ)とは優秀な人材を登用するための官僚の採用試験で、「進士に合格できるのは3000人にひとり」ともいわれる熾烈な試験として知られています。出自に関わらず受験が可能で、合格者は高い役職に就くことができる制度でもありました。
試験の形式は時代により異なりますが、地方と北京で実施される複数の筆記試験、皇帝による最終試験を経て合格者と順位が決められ、晴れて「進士(しんし)」となることができます。
CHECK!
文秀は光緒12年の科挙試験で首席合格、進士の中でも第一等の「状元(じょうげん)」となり、同じ年の第二等「榜眼(ぼうがん)」の順桂、第三等「探花(たんか)」の王逸とともに、大学者の楊喜楨に目を掛けられます。同じく科挙出身の将軍 李鴻章は、西太后の信頼を得て活躍した清国重鎮の一人です。
身分によって異なる服装
清朝の礼服は、皇族から官吏に至るまで、色や文様などが細かく定められ、服装でその人の身分が分かるようになっていました。官吏が着る補服と呼ばれるコートのような官服の胸元には補子という刺繡が施され、武官は獣、文官は鳥類と決まっており、官位ごとに異なる動物が描かれていたそうです。
CHECK!
文秀が被っている冬用の朝帽の天辺に頂戴という小さな飾りが付いていますが、この色や素材も官位によって異なります。補服の下には蟒(うわばみ)の刺繍が入った蟒袍(マンパオ)を着用しています。当時の俗習や、それらをイメージした出演者の衣装にも、ぜひご注目ください。
西太后も愛した「京劇」とは?
京劇は18世紀以降に北京で盛んになった中国の伝統的な舞台芸術で、日本の歌舞伎に似ているともいわれます。色鮮やかで豪華な衣装や化粧と、舞台装置に頼らない表現方法が特徴で、観客は舞台上に登場する役者たちの歌やせりふ、しぐさ、立ち回りといった表現を通して物語を楽しみます。
京劇は清の皇帝たちにも愛され、紫禁城内にはさまざまな舞台があったそうで、乾隆帝の時代に建てられた「暢音閣(ちょうおんかく)」は大劇場として現存しています。
CHECK!
今作の、光緒帝や西太后らが京劇を観劇する場面では、舞台上に京劇の世界が現れます。贔屓の役者がいるほど熱心な京劇ファンである西太后。その御前で京劇の役者たちが披露する立ち回りにもご注目ください。