演出家インタビュー

1971年宝塚歌劇団に入団後、ショー作家として数々の名作を生み出してきた演出家・三木章雄。一方で宝塚バウホール公演では『回転木馬』『サウンド・オブ・ミュージック』など、海外ミュージカルやオペレッタの演出も数多く手掛けている。その代表作と言えるのが、1995年の月組公演より演出に携わっている『ME AND MY GIRL』。新たに花組大劇場公演として上演する本作への思いを語ってもらった。   

もつれた糸が最後にスッとほどける心地よさ

  

——再演を繰り返し愛され続ける理由は何でしょうか?
 この物語には悪い人は一人も出てこない。とても分かりやすく親しみやすいストーリーで、最終的に全員がお互いに理解し合って大団円を迎えます。もちろんラストシーンに行きつくまでのそれぞれの葛藤が見どころですが、もつれた糸が最後にスッとほどけるような心地よさ、というのが一番愛される理由ではないでしょうか。

——この作品には観る人がハッピーになれるポイントがたくさんありますね。
 そうですね。まずはビルとサリーが最初にヘアフォード伯爵家へやって来て、「大金持ちになれるかもしれない!」と純粋に喜んでいるところが楽しいですね。二人は恋人同士でもあり、相棒みたいなところがある。お互いに相手を必要とし、どちらかが落ち込むとどちらかが元気を与えるというようなビルとサリーならではのバランスがとてもハッピーだなと思います。
  

「ランベス・ウォーク」で階級の壁が壊れる!

  

——数々のナンバーも大きな見どころです。

 まず代表的なのが「ランベス・ウォーク」。あの曲では庶民も貴族も一緒に同じステップで踊る楽しさがあります。この作品では、本来なら同じところで食事もしないというようなイギリスの階級社会を理解する必要があります。「ランベス・ウォーク」では、庶民と貴族との壁が壊れる瞬間が見える。ビルとサリーの愛で階級という越えがたい壁を突破できるかもしれない、という“夢”が感じられる面白さがあります。

——客席も一体となっての演出で、本当に盛り上がるシーンです。

 今回の花組公演でも客席を使った演出を考えていますよ! イギリスで1937年に『ME AND MY GIRL』が初演されて大ヒットしたとき、人々は「『ランベス・ウォーク』のミュージカル」と言っていたそうです。それぐらい当時の人々にとってもこの歌は画期的で、自由へ踏み出す気持ちを高めるような歌だったのでしょう。階級の壁を壊すというイメージなので、とてもエネルギーが必要です。他にもサリーが歌う「一度ハートを失ったら」は、ピアノの前でしっとりと歌い、寂しさがにじみ出ているのがいい。どの歌も、それぞれのキャラクターが人生のどういう転機で歌っているのかを、当時の時代背景も含めてしっかりと理解し、頭に叩き込んで歌うのが重要です。

——他にもこの作品を演出するうえで大切にしているポイントは?

 『ME AND MY GIRL』ではどのキャラクターも自分の信念のもとに、相手を励ましたり怒ったり、愛情を見せたりしています。そういった行動の裏づけとなっている、それぞれの登場人物が持つ人生哲学をしっかりと掴むことが大切です。キャラクターの根底にある絶対譲れないもの、揺るがないものをどう見せるかがポイントだと思います。

——英語の台本も大切にしているそうですね。

 はい、本当は本読みの段階で、全員まず英語の台本で稽古をしたいぐらいです(笑)。日本語だとどうしても英語の台本より情報量が少なくなります。それは言葉の性質上、仕方がないのですが、やはりそこでキャラクターが何を語ろうとしているのかをしっかり把握したうえで演じることが大事なので、きっちりとみんなに伝えていきたいです。
  

充実している花組だからこその役替わり公演

  

——今回の花組公演で特に考えている演出はありますか?

 この花組公演ではWキャストを多くしました。『ME AND MY GIRL』でここまでの役替わり(5つのキャラクター)は初めてです。これは今の花組がとても充実していて、若手が伸びてきていると同時に、ジョン卿とジェラルドの2役を演じる芹香斗亜をはじめとして中堅にもいい人材がたくさんいるから。稽古は大変になりますが、それぞれが自分と同じ役を演じる人の演技を見られるので、とても勉強になる。そして物語を全員が楽しみ、意識を高めていける。何より、切磋琢磨し目が輝いている花組メンバーをお客様に観ていただきたいとの思いがあります。

——ジャッキー役もWキャストですが、この役は男役が演じることが多いですね。

 今回も男役の柚香 光と鳳月 杏が役替わりで演じます。イギリスには故ダイアナ妃のように背が高く、颯爽と歩いているイメージの女性が多いですよね。そういった雰囲気を出しつつ、わがままを言うことが魅力につながるようなジャッキーという役は、タカラヅカでは男役の方が合うのだと思います。   

——明日海りおと花乃まりあの花組トップコンビの魅力や、期待していることは?

 ビルとサリーとして制作発表会に登場した二人は、まさに“絵の中から抜け出てきた素敵な男の子と女の子”という魅力を本来的に持っているなと感じました。彼女たちにとって今回の役は等身大で演じられるはずの温かい人物。だからこそ明日海ならビルが持っている“等身大の善意”が自分の中にどれだけあるか、ということが重要になってくると思います。ビルという役は演じる時期がなかなか難しく、若すぎるとビルのふざけている部分が表に出過ぎてしまう。でも明日海は男役の中でも成熟期に入っているので、真っ直ぐに感情をぶつけるだけではなく、いろんな表現の中にビルの信念を醸し出せるはず。今の花組ならきっとどの人物も役の根底を見せながら作品をつくりあげられると、大いに期待しています。