演出家インタビュー
演出家 酒井澄夫が語る 『Bouquet de TAKARAZUKA(ブーケ ド タカラヅカ)』の見どころ
洋物・日本物問わず多彩なレビューを数多く生み出してきたベテラン演出家・酒井澄夫。なかでも、華麗さや品格のある宝塚歌劇ならではのレビューに定評がある酒井に、“タカラヅカレビュー90周年”と銘打つ新作を手掛けるにあたり意気込みを聞いた。
星組公演を制作するにあたっての想い。
私は長年宝塚歌劇団におりますが、星組とは縁があり、在団期間の3分の1ほどは星組公演に携わっています。昔から華やかな印象のある組で、その伝統を今も受け継いでいると感じます。前回、星組を担当したのはブロードウェイ・ミュージカル『ガイズ&ドールズ』でしたが、今回は紅ゆずるが星組トップスターになって初のレビュー作品ですので、まず“紅を中心とした星組”ということを念頭に、取り掛かりました。
作品のテーマや構成について。
今年は『モン・パリ』初演から90周年という記念すべき年にあたります。『モン・パリ』90周年とは、つまり“レビューの90周年”です。私は多くの皆さまより昔を知っていますから(笑)、数あるタカラヅカレビューのなかから名場面の曲をピックアップし、『モン・パリ』から続くレビューの歴史のような構成を考えました。タイトルを『Bouquet de TAKARAZUKA(ブーケ ド タカラヅカ)』としたのも、“タカラヅカレビューの花束”というイメージです。タカラヅカレビューといえば、やはりパリレビューがベースです。岸田辰彌先生、白井鐵造先生、高木史朗先生たちがフランスのシャンソンを取り入れ、そのメロディーに日本語の歌詞を当てはめて、数々の名作レビューを生み出されました。そういった作品のなかで「枯葉」など、多くのシャンソンの名曲を日本で最初に披露し、いまでは日本人にも親しまれていますよね。今回はそういった偉大な先輩方が大切にされてきた、パリレビューの余韻のある作品をお届けしたいと思っています。
特に見どころは?
中詰の場面「シャンソン・ド・パリ」では、出演者にかつて宝塚歌劇でヒットしたシャンソンを歌い継いでもらいます。名倉加代子先生に振付をお願いし、昔のタカラヅカレビューを彷彿とさせるような、芳醇なパリの香りを感じていただける場面にしたいです。「夜霧のモンマルトル」にのせて、燕尾服の紅を中心としたアダルトなシーンも用意しています。
ほかにもバラエティーに富んだ場面が?
そうなのです。見どころの一つとして、宝塚歌劇に縁ある“すみれの花”をモチーフにしたファンタジックな場面を設けました。この場面ではイラストレーター・永田萠先生に舞台デザインをお願いしました。永田先生にはかつて、月組公演『レインボー・シャワー』(1988年)で、紫陽花をモチーフとした場面にご協力いただきました。やはり永田先生の絵は夢があっていいですよね。私自身、先生のイラストが好きで、さまざまな花々やかわいらしい妖精など、とても素敵なイラストが描かれたカードをよく集めていました。実は、永田先生自身も宝塚歌劇がお好きで、私もお会いする機会が度々ありました。昨年、久しぶりにお会いしたときに、「先生にすみれの花を描いてもらおう」と思い立ち(笑)、今作でお力添えをいただくことになりました。ここは、礼真琴を中心としたシーンになります。ほかの場面とは少し違う雰囲気になればと思っています。
星組トップスター・紅ゆずるの魅力は?
一番に感じるのは、天性の明るさです。大阪出身の彼女のことを、『コインブラ物語』(2009年)あたりから面白い子だなと思って見ていました。今回、その明るさはもちろん、その裏の翳りある面も引き出したいと思い、「カルメン」に登場するホセのような男性を演じてもらいます。以前から好きでいつか自分の作品で使いたいと思っていた楽曲があるのですが、紅主演と聞いて、ふと、その曲が浮かんだのです。少し難しい歌ですが、スパニッシュの場面で彼女の新たな魅力を引き出したいですね。トップスターとして舞台を経験することでスケールが大きくなり、ガラリと変化していきますから、紅もこの公演でさらなる成長を見せてくれると期待しています。
トップ娘役の綺咲愛里の魅力は?
かわいらしい雰囲気の娘役ですが、今年の『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレットピンパーネル)』など大人っぽい役も演じていたので、今作でも成熟した雰囲気の場面もやってもらおうと思っています。もちろん大人っぽい場面ばかりではなく、トップ娘役としてさまざまなカラーを出してほしいですし、紅とのトップコンビとしての魅力もお見せしたいですね。
ほかの星組出演者や特別出演の凪七瑠海について。
礼真琴は芝居も歌も踊りもできる、三拍子そろった男役ですが、さらに奔放に弾けてくれたら嬉しいなと思っています。彼女を見ていると上月晃さんを思い出しますが、ゴンちゃん(上月さんの愛称)くらい自由に表現してくれることを期待しています(笑)。専科の凪七瑠海は歌唱力にも秀でているので、その歌声をしっかり披露してもらいます。凪七は、スタイリッシュな印象の七海ひろき、今作で退団する壱城あずさと同期です。このタイミングで、こうしてカラーの違う同期男役三人が揃うのも面白いなと思っています。また、星組はバッと並んだとき個性の違う男役が揃っている。そこは大きな強みですし、自由奔放な星組のカラーが作品のスケールを大きくしますので楽しみです。
あらためてタカラヅカレビューの魅力とは?
やはり、スターの存在。特に男役の存在が大きいと思います。私は幼い頃から宝塚歌劇を観ていたのですが、あるとき、越路吹雪さんに魂を奪われました。幼いながらも越路さんのほかにはない雰囲気に「すごい人がタカラヅカにはいるんだ!」と驚きましたね。今回、その越路さんの代表曲「ブギウギ巴里」も使っています。
タカラヅカには二つのタイプの男役がいると、私は思っています。一つは春日野八千代さんに代表される、正統派の二枚目男役。もう一方は、その時代を象徴する越路吹雪さんや鳳蘭さんのような現代的な男役。紅は後者の現代的な個性派スターという印象です。下級生の頃からパッと目を引くタイプの男役でしたからね。今回は、そんな紅ならではのスター性を発揮してもらいたいと考えています。やはりタカラヅカのレビューは、スターが中心であるからこそ魅力的ですし、それが宝塚歌劇の伝統の一つでもあると思います。
最後に、お客様にメッセージを。
私は白井先生の『虞美人』や、高木先生の『シャンソン・ド・パリ』を拝見し、そのスケールの大きさや豪華さに魅了されて舞台をつくる側に興味を持ち始めました。やはり目指したいレビューは、小林一三先生の“清く正しく美しく”の教えを大切に、岸田先生や白井先生がパリレビューから変化させて基盤をつくられた宝塚歌劇ならではのレビューです。私は幸せなことに白井先生、高木先生、内海重典先生といったレビューの偉大な先生方の時代を経験させていただきました。そのうえでタカラヅカレビューの伝統を、作品を通してしっかり皆さまにお伝えしていきたいです。どうぞこの星組公演で、歴史あるレビューの香りをお楽しみください。
【プロフィール】
酒井 澄夫
大阪府出身。1959年宝塚歌劇団入団。華やかで麗しい宝塚歌劇ならではのレビュー演出を多数手掛ける一方、『夜明けの序曲』(1982年花組・1999年花組)、『花舞う長安』-玄宗と楊貴妃-(2004年星組)などのオリジナル芝居の作・演出から、『ガイズ&ドールズ』 -GUYS & DOLLS-(1984年月組・2002年月組・2015年星組)、『ハウ・トゥー・サクシード』(1996年花組・2011年雪組)といった海外ミュージカルの脚色・演出、コンサートやディナーショーの作・演出まで幅広いジャンルでその手腕を大いに発揮。宝塚歌劇の伝統と品格を知る、まさに“宝塚歌劇のエキスパート”として活躍を続けている。
演出家 原田諒が語る『ベルリン、わが愛』の見どころ
さまざまな時代に着目し、ダイナミックかつ繊細な人間ドラマを発表し続ける、若手演出家・原田諒。2016年に手掛けた自身初の日本物レビュー『雪華抄(せっかしょう)』(花組)で新境地を拓いたことは記憶に新しい。座付き作家ならではの鋭くもあたたかい目線で描くオリジナル作品、『ベルリン、わが愛』について話を聞いた。
今作を創る原点となったもの。
一番はやはり、トップスター・紅ゆずるをはじめとした出演者たちの新しい魅力、そして、新たな布陣となった星組全体の魅力を引き出したいという思いです。紅が今年主演した『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』や、『オーム・シャンティ・オーム —恋する輪廻—』とは少し雰囲気の違うものにしたかったので、以前からいつか描いてみたいと考えていた今回の題材を選びました。星組にとっては久しぶりのスーツものでもありますし、ビジュアルはもちろんですが、ドラマ性を前面に打ち出し、紅の新たな魅力を皆さまにお届けしたいと思います。
1920年代から30年代のドイツ・ベルリンという舞台設定について。
もともとこの時代に興味があったのですが、数年前に半月ほどベルリンに滞在しました。街が放つ独特の雰囲気を感じると共に、ヨーロッパ中のアーティストたちが集まり、オペラやバレエ、またクラブカルチャーなども盛んなこの街に、とても心惹かれるものがありました。ベルリンは一時期、東西に分断されていたこともあり、街にはヨーロッパ的な建物と社会主義のなごりを残す建物が共存し、不思議な雰囲気が今も残っています。また、1920年代から30年代にかけてのベルリンはハリウッドと並ぶ“映画の都”で、今観ても前衛的な、創意に富んだ映画が数多く作られています。そのベルリンにナチスの影が迫り、ユダヤ系の映画監督や脚本家、音楽家、そして俳優など多くの才能ある映画人がアメリカに亡命していった歴史を踏まえて、今作では、のちにハリウッドでも活躍した彼らが亡命する少し前の時代のベルリンを舞台に、プロパガンダとして映画を利用しようとするナチスに抗い、ひたむきに生きた映画人たちの姿を描いています。
テオ・ヴェーグマンを演じる紅ゆずるの魅力と、今作で期待すること。
紅の一番の魅力は、正統派二枚目でありながらも枠にとらわれないところにあると思います。これまでも個性的な存在感を発揮してきましたし、これほどいい意味で“型破り”な魅力をもつトップスターは、久しぶりではないでしょうか。今作では、トーキー映画に挑戦する映画監督のテオを演じてもらいますが、紅自身の舞台に対する情熱とひたむきさが、テオの映画に対する一途な思いと重なります。稽古をしていても、紅のポジティブな感性や、丁寧に役を深めていく真摯な姿勢に、演出家としても共に舞台を創る楽しさや手応えを感じています。これまでの彼女とはまた違う、新たな紅ゆずるを皆さまにご覧いただければと思います。
ジル・クラインを演じる綺咲愛里の魅力と、今作で期待すること。
綺咲には以前、『南太平洋』(2013年)でリアットという役を演じてもらいましたが、あの役柄の少女のような雰囲気から、大人の女性も演じられる娘役へと、この4年で大きく変化したのを感じています。今回演じてもらうジルは、いちレビュー・ガールから、テオという監督の影響やさまざまな経験を通して、自立した一人の女優になっていきます。その過程を、彼女ならではの感性で繊細に演じてくれることと思います。
エーリッヒ・ケストナーを演じる礼真琴について。
ここ最近、ショーヴラン(『THE SCARLET PIMPERNEL』)やムケーシュ(『オーム・シャンティ・オーム —恋する輪廻—』)など、黒い役が続いたので、今回は、主人公・テオの友人で、映画の脚本を手掛ける絵本作家エーリッヒ・ケストナー役を演じてもらいます。柔らかい役柄にはなりますが、エーリッヒは実在した作家で、反ナチスを貫いた意志の強い人物です。そういったところを踏まえつつ、歌、踊り、芝居と三拍子揃った礼自身がもっているあたたかさや陽性の魅力を、この役を通して表現してくれたらと思います。
専科の凪七瑠海は、のちにナチス政権の宣伝大臣となるヨーゼフ・ゲッベルス役だが。
凪七は7年前に私のデビュー作『Je Chante(ジュ シャント) —終わりなき喝采—』(2010年宙組)で主演を務めてくれましたし、私と入団が同期ということもあり、縁を感じるスターです。仕事を共にするのは『華やかなりし日々』(2012年宙組)以来ですが、今回のスチール撮影時に、扮装した彼女の佇まいを見て、骨太な男役になったことに目を見張りました。映画を愛したナチスの宣伝大臣という個性的な役で、新たな一面を開拓してくれると期待しています。
ほかにも多くのキャラクターが登場するが。
役が多い故に散漫になることのないよう、登場人物たちが濃密に絡み合う舞台にしたいですね。そのためにも、映画というものに対するそれぞれの思いを、丁寧に織り成していけたらと考えています。
最後に、お客様にメッセージを。
星組を担当するのは『南太平洋』(2013年)以来なのですが、改めてとても個性豊かで元気のある組だと感じます。紅をはじめ綺咲、礼も生粋の星組育ちですし、家族的で団結力のある空気が稽古場に流れていますね。お客様には激動の時代に生きた人物たちに、バイタリティー溢れる出演者たちを重ね合わせてご覧いただければと思います。映画を愛し、ナチスに抗った人たちの鮮烈な生き様をご覧いただけるよう、出演者・スタッフ一丸となって稽古に励んでいるところです。“芸術の秋”にふさわしい公演にしたいと思いますので、どうぞご期待ください。
【プロフィール】
原田 諒
2003年宝塚歌劇団入団。バウ・ミュージカル『Je Chante(ジュ シャント) -終わりなき喝采-』(2010年宙組)で演出家デビュー。宝塚大劇場・東京宝塚劇場デビュー作の『華やかなりし日々』(2012年宙組)、20世紀を代表する報道写真家の半生を描いた『ロバート・キャパ 魂の記録』(2012年宙組)で、第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞、2012年ミュージカル・ベストテン演出家賞を受賞。その後も、高く評価される作品を続々と世に送り出し、2016年には自身初となる日本物レビュー『雪華抄(せっかしょう)』(花組)を発表。同年に作・演出を手掛けた『For the people -リンカーン 自由を求めた男-』(花組)で、第24回読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀作品賞を受賞。今、注目の実力派若手演出家。