『邪馬台国の風』の見どころ
演出家 中村暁が語る<前編>
近年『CRYSTAL TAKARAZUKA—イメージの結晶—』(2014年月組)、『VIVA! FESTA!』(2017年宙組)など華やかで力強いショーやレビューを発表してきた演出家・中村暁。このたび、『麗しのサブリナ』(2010年花組)以来7年ぶりに、宝塚大劇場・東京宝塚劇場公演の新作芝居を手掛ける。
長年のキャリアで培った確かな審美眼で描き出す、古代ロマン『邪馬台国の風』。折しも、全国ツアー公演『仮面のロマネスク』(2016年・2017年花組)を担当し、明日海りお率いる花組の魅力を一層引き出すことが期待される中村に、今作の話を聞いた。
『邪馬台国の風』を手掛けるに至ったきっかけ
おそらく皆様もそうだと思うのですが、私もやはり学校の授業で邪馬台国や女王・卑弥呼の時代に触れた時から、日本という国の誕生に興味を持っていました。「古代日本はどのような国だったのだろう」「人々はどのような生活を送っていたのだろう」という邪馬台国に対する思いが長年あり、それが今回の作品づくりの基になりました。
この時代の印象
人々がどのように生き、何を感じていたのか、という資料は何も残っていないのですが、当時の人々が自然に対して感じていたことはイメージができます。と言いますのも、私は新幹線の窓から富士山が見えるといつも手を合わせたくなります。それと同じように古代日本の人々も、富士山だけではなく自然のあらゆるものに畏敬の念を抱きながら生きていたのではないかと想像しています。
題材としての面白さ
資料が少なく、なにぶんベールに包まれた時代だけに、“邪馬台国”や“卑弥呼”などのキーワードからイメージするものが、お客様それぞれで違うのではないかと思います。『邪馬台国の風』をご覧いただいた時に、お客様がお持ちのイメージと、どこかで重なれば嬉しいです。想像力をかきたてる作品をお見せしたいと思います。
花組トップスター・明日海りおの魅力について
明日海には、一見したところの“優しさ”とその裏にある“クールさ”や“強さ”という、両面の魅力を感じています。私が演出を担当した昨年と今年の花組全国ツアー公演『仮面のロマネスク』で、明日海は美貌の青年貴族、ヴァルモン子爵を演じました。立身出世のために女性遍歴を重ねていくという“冷たい”男性ですが、ラストシーンではただ一人、唯一無二の存在である女性に自分の心を打ち明けるといった、“優しさ”を兼ね備えた、つまり、“優しさ”と“冷たさ”を併せ持つ人物として演じていました。今回明日海が演じる、邪馬台国の戦士タケヒコも、“優しさ”と“強さ”という両面の魅力があるキャラクターにしたいと思っています。
花組の新トップ娘役・仙名彩世の魅力について
お芝居も歌もダンスもできる実力派なので、その魅力を邪馬台国の女王ヒミコ役で見せてもらいたいと思います。彼女は昨年の全国ツアー公演『仮面のロマネスク』において、信心深い貞淑な人妻で、ヴァルモンに言い寄られるトゥールベル夫人を演じました。そして今年の全国ツアー公演では、同じ演目で正反対の役どころ、社交界の華で妖艶な若き未亡人のメルトゥイユ夫人を堂々と演じました。この対照的な役柄をしっかりと演じ分けていたことに感心しましたし、今回はそんな彼女の多彩な魅力を生かせる役にしたいと考えています。
芹香斗亜の魅力について
芹香は長身でダイナミックな持ち味が魅力で、スター性を感じます。彼女が今作で演じる狗奴国の将クコチヒコは、明日海が演じるタケヒコと、これまでの2人の役にはない関係性を設定しました。どうぞ楽しみにしていてください。
宝塚歌劇のオリジナル芝居を創るうえで大切にしていること
芝居も、ショーやレビューと同じく、男役の格好良さで魅せるのはもちろんのこと、スピーディーな舞台転換、群舞そしてダンスが美しくあることを大切にしています。それに加えて、宝塚歌劇の芝居で一番重要なのは、やはり舞台全体を観た時に「美しい!」と感じていただけることだと思います。そういった意味からも今作は、古代日本を舞台にしていますが、教科書に描かれているような衣装や屋敷を忠実に再現するつもりはありません。時代考証の枠を超えて、髪型や衣装もイメージを重視し、彩りも華やかに、宝塚歌劇らしい舞台をお届けしたいです。
お客様にメッセージを
繰り返しになりますが、皆様がそれぞれにお持ちの“邪馬台国”のイメージと、今作が少しでもリンクするところがあれば嬉しく思います。ロマンを感じていただける、宝塚歌劇の舞台にご期待ください。
演出家 中村暁が語る<後編>では、ストーリーやキャラクターにより迫った内容でお届けします。どうぞお楽しみに!
【プロフィール】
中村 暁
大阪府出身。1977年宝塚歌劇団に入団。1985年、アメリカのハイスクールを舞台にした青春ドラマ『スウィート・リトル・ロックンロール』(月組)で演出家デビュー。『黄昏色のハーフムーン』(1990年雪組)で宝塚大劇場デビュー。1994年に『サジタリウス』(雪組)で初めてショー作品を発表し、以降は芝居もショーも手掛けている。『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』(1991年月組)などの、現代に生きる若者を等身大で描いた青春ドラマから、文学作品や名作映画の舞台化(『心の旅路』1992年花組・『麗しのサブリナ』2010年花組、ほか)まで数々の佳作を発表。近年は、温かみのあるオリジナル作品の制作のみならず、宝塚歌劇の名作の再演で演出を担当することも多く、2016年、2017年の花組全国ツアー公演『仮面のロマネスク』を担当。宝塚歌劇の伝統と香りを次世代へ繋ぐ役割も果たしている。
演出家 中村暁が語る<後編>
これまで数々のショーやレビューを手掛ける一方で、情熱的な愛に溺れていく主人公を描いた『マノン』(2001年花組)やロマン溢れる壮大な冒険活劇『大海賊』(2001年月組・2015年星組)など、多彩な芝居を発表してきた演出家・中村暁。新たに明日海りお率いる花組で、いまだ多くの謎に包まれ、歴史ファンの心を捉える邪馬台国を題材にしたオリジナル作品『邪馬台国の風』を上演する。インタビュー前編に続き、後編では作品の世界観やキャラクターについてより詳しい内容をお届けする。
作品のテーマについて
仙名演じるマナ(のちのヒミコ)が邪馬台国と対立する狗奴国の兵に襲われた時、彼女を助け出すのが、明日海演じる主人公のタケヒコです。タケヒコはマナとの運命的な出会いをきっかけに、やがて邪馬台国を守る戦士となる人物ですが、ヒミコのような呪術的な特質は持っていない、いわゆる普通の人間です。今作は一言でいうと“自分で運命を切り拓いていく人(タケヒコ)”と“運命を知る人(ヒミコ)”とが不思議な縁で巡り合う物語で、対照的なタケヒコとヒミコ、二人の心のつながりを大切に描きたいと思っています。
『邪馬台国の風』というタイトルに込めた想い
まず、この時代の作品ということで、タイトルに“邪馬台国”を入れたいと思っていました。“風”については、芝居のラストまで観ていただけると、なぜ“風”とつけたのかがお分かりいただけると思います。ぜひ最後までじっくりとお楽しみください。
明日海りおが演じるタケヒコについて
タケヒコはオリジナルの登場人物です。舞台となる時代では、稲作のためにより良い土地や水を巡る争いが多かったと考えられています。そういった戦が原因で孤児になったタケヒコは、生き抜くために、大陸の武芸や学問を身につけ、やがて邪馬台国の戦士となります。前回もお話ししましたが、明日海には優しさと強さという相反的な魅力を感じますので、タケヒコのにじみ出る優しさ、戦士としての強さ、自らの力で未来を拓く逞しさという、多面性を兼ね備えたキャラクターを、彼女の素晴らしい表現力をもって演じてもらいたいと思います。
仙名彩世が演じるヒミコについて
邪馬台国というとまず“卑弥呼”を連想される方も多いと思います。今作で描くヒミコは、村で災害の予言をしたり、病を治すことができたりという特殊な力を請われ、巫女の修行をするために邪馬台国へ送られるところから始まります。神意を授かる女王ヒミコとしての自分と、本来の一人の女性マナとしての自分、両面を持ち合わせる役どころとして、仙名は繊細に演じてくれると思いますし、彼女ならこの難役をやり遂げてくれると期待しています。
芹香斗亜が演じるクコチヒコについて
クコチヒコは狗奴国の将軍です。実は狗古智卑狗(クコチヒコ)は卑弥呼と同様、中国の歴史書「魏志倭人伝」にも出てきますが、実際は名前なのか官名であるのかがはっきりとは分かっていません。今作では邪馬台国と狗奴国が敵対していたというところから物語を膨らませて、明日海演じるタケヒコと、芹香演じるクコチヒコが敵同士という設定にしました。芹香はこれまで、明日海の完全なライバルという役柄は演じたことがないので、新たな関係性で面白いのではないかと思っています。
ポスタービジュアルへのこだわり
ポスターをご覧になって、まず鬘が“みずら”ではないと驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか(笑)。“みずら”はこの時代の典型的な髪型ですが、今回はストーリーやそれぞれのキャラクターのイメージが伝わるようなポスタービジュアルを意識しました。髪型だけではなく、衣装も貫頭衣のように歴史の資料から推測される装束ではなく、宝塚歌劇の美しい舞台イメージに沿ったものにしています。そして、作品タイトルにあるように、“風”を感じられるデザインにしています。この“風”は、ポスター撮影の現場で苦労した部分でもあります。ポスター全体のバランスはもちろんですが、明日海と芹香の役柄的な意味も考えて、風向きも、実は対照になっているのですよ。世界観を少しでも感じとっていただければ嬉しいです。
日本を舞台にした作品を手掛けるにあたって
古代日本の話なので、和物であることはあまり強く意識はしていません。振付にしても和と洋どちらもお任せできる振付の先生にお願いしました。幻想的なダンスで、古代のイメージを味わっていただけると思います。舞台装置についても、作品世界を大切に、装置の先生と相談しながら進めていますのでどうぞご期待ください。
お客様へのメッセージ
今回、明日海の多彩な魅力を、主人公タケヒコというキャラクターに込めました。また、明日海と仙名が花組新トップコンビになって初めての宝塚大劇場公演ですので、仙名が演じるヒミコは、彼女の新トップ娘役のお披露目に相応しい役にしたいと考えています。トップコンビや芹香はもちろん、花組にはさまざまなタイプの男役、娘役が揃っているので、若手までしっかり活躍できる舞台にしたいと思っています。稽古が始まって約1週間、日々変化する芝居に、私自身も新たな発見がある毎日です。皆様にご覧いただくのはもう少し先になりますが、公演初日には、さらに芝居が深まっていると思いますので、楽しみにお待ちいただければ幸いです。皆様、ぜひ劇場へ足をお運びください。
【プロフィール】
中村 暁
大阪府出身。1977年宝塚歌劇団に入団。1985年、アメリカのハイスクールを舞台にした青春ドラマ『スウィート・リトル・ロックンロール』(月組)で演出家デビュー。『黄昏色のハーフムーン』(1990年雪組)で宝塚大劇場デビュー。1994年に『サジタリウス』(雪組)で初めてショー作品を発表し、以降は芝居もショーも手掛けている。『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』(1991年月組)などの、現代に生きる若者を等身大で描いた青春ドラマから、文学作品や名作映画の舞台化(『心の旅路』1992年花組・『麗しのサブリナ』2010年花組、ほか)まで数々の佳作を発表。近年は、温かみのあるオリジナル作品の制作のみならず、宝塚歌劇の名作の再演で演出を担当することも多く、2016年、2017年の花組全国ツアー公演『仮面のロマネスク』を担当。宝塚歌劇の伝統と香りを次世代へ繋ぐ役割も果たしている。
『邪馬台国の風』プチ講座
古代日本を舞台に、宝塚歌劇ならではの世界観で上演する花組公演『邪馬台国の風』。
ここでは作品に関連するキーワードを一部ご紹介します。
主人公タケヒコと、ヒロインのマナ(のちのヒミコ)が生きた時代、それは今と異なる古代日本。
当時の社会、生活、人々の人生には、どのような“風”が吹いていたのか……。
謎多きこの時代に、想いを馳せてみましょう。
弥生時代(やよいじだい)
紀元前5世紀から紀元後3世紀ごろまでの年代が定説となっている。それまでの狩猟中心から稲作中心の生活にかわり、人々は水田近くに村をつくって定住するようになった。村にはリーダーがうまれ、やがて村同士の争いを制した村が国を形成していく。大陸から青銅や鉄などの金属が伝わったことで農具や武器が格段に機能性を増し、日本列島の人々の生活に大きな変化がもたらされた時代と言える。
※「日本の水田稲作開始時期が定説よりも500年ほどさかのぼる」という研究発表から、弥生時代の年代にも差異が生じるという説もある。
邪馬台国(やまたいこく)
2~3世紀の古代日本に存在し、女王・卑弥呼のもと、30あまりの国の集合体を統率していたと考えられている。中国の魏王朝に使節を送って金印を授かるなど、外交も行っていた。「魏志倭人伝」の記述からその場所が議論され、九州説、畿内(大和)説などが有力視されるが、いまだ特定にはいたっていない。邪馬台国はどこにあったのか、そしてなぜ突然歴史の舞台から姿を消したのか。日本古代史最大のミステリーである。
狗奴国(くなこく)
当時、形成されていた国々の中で、邪馬台国を中心とする連合と敵対関係にあった国。狗奴国は邪馬台国の南に位置し、卑弥弓呼(ヒミクコ)という男王のもと、狗古智卑狗(クコチヒコ)という官(あるいは人名)がいたことが「魏志倭人伝」に書かれている。その勢力に恐れを感じた卑弥呼は魏に使者を遣り、助けを求めていることから、狗奴国は強大な軍事力と権勢を誇っていたと考えられている。邪馬台国同様、狗奴国の終焉も謎のままである。
ワンポイント
『邪馬台国の風』ではクコチヒコを人名とし、主人公タケヒコと対立する狗奴国の将として登場させています。
魏志倭人伝(ぎしわじんでん)
正しくは中国の史書「三国志」の中の「魏書東夷伝倭人条」。中国が魏・呉・蜀の三国で争いを繰り広げていたころに書かれた正史で、邪馬台国をはじめとした3世紀ごろの日本列島に存在した諸国の名称や位置、政治の仕組みのほか、そこに住む民族の特徴や髪型、服装などの風俗、魏との交渉などの細かい記述が見られる。倭に関係する記述はわずか二千字あまりだが、邪馬台国の存在を現在に伝える唯一の史書である。
※「倭」とは日本の古称。ただし、その範囲は現在の日本とは異なり、邪馬台国を中心とした地域を指すと考えられている。
渡来人(とらいじん)
古代、中国大陸や朝鮮半島から倭国に渡り、技術や文化を伝えた人々。鉄製の武具や耕具等の道具類、農業、土木の技術など、彼らがもたらしたものは当時の倭国にとっては非常に先進的であり、各国の王や各地の有力豪族たちは競って取り入れようとした。それら渡来物は、当時の日本列島の文化を大きく進歩させることになった。
ワンポイント
『邪馬台国の風』の主人公タケヒコは架空の人物ですが、魏の国からの渡来人に育てられ、大陸の武芸や学問など多くのことを習得したキャラクターとして描かれています。
自然崇拝(しぜんすうはい)
古代日本では、自然界におけるすべてのものには霊魂が宿ると信じられており、天変地異や戦も神の意志であると考えていた人々は、万物を神格化し、崇拝していた。その精霊をなだめ、崇めることで、災厄を免れ平和を保とうとしたのである。
鬼道(きどう)
“卑弥呼は鬼道によってよく衆を惑わした”と「魏志倭人伝」は伝えている。“鬼道”とは明確な定義はなく具体的な内容も不明だが、信仰や祭祀のひとつであると考えられている。神に仕える巫女であった卑弥呼は、強力な求心力をもつ鬼道信仰のもとに、邪馬台国を統治していた。宮殿の奥深くで神の声を聞き人々に伝える卑弥呼の存在は神秘性を増し、やがて彼女自身が神格化されていった。
ワンポイント
存在そのものが謎に満ちた女王・卑弥呼。『邪馬台国の風』では、特殊な能力をもつ村の少女マナとして登場し、やがて邪馬台国の女王として成長していく姿が描かれています。
今作は、人々のイマジネーションを掻き立ててやまない“古代日本”を舞台に、幻想的な美しいビジュアルと、ロマンあふれるオリジナルストーリーでお届けします。
どうぞお楽しみください。
<参考文献>
古川清行「読む日本の歴史—日本を作った人びとと文化遺産 1 原始の日本をさぐる〔原始~古墳時代〕」(あすなろ書房)
千田稔監修「図説 地図とあらすじでわかる! 邪馬台国」(青春出版社)
仁藤敦史「日本史リブレット人001 卑弥呼と台与 倭国の女王たち」(山川出版社)
石野博信編「女王卑弥呼の祭政空間 考古学で考える邪馬台国の時代」(恒星出版)
武光誠「図説 地図で読み解く日本史」(青春出版社)
東京法令出版 編集出版部編「社会人のための日本史」(東京法令出版)
田中史生「Jr.日本の歴史1 国のなりたち 第4・5章」(小学館)
木村茂光監修「歴史の流れがわかる 時代別 新・日本の歴史1 大むかしのくらし(旧石器・縄文・弥生・古墳時代)」(学研教育出版)