時代を駆け抜けた男・カサノヴァ

花組公演『CASANOVA』で、明日海りおが演じる魅惑の主人公ジャコモ・カサノヴァ。プレイボーイのイメージが先行しがちなカサノヴァですが、その生き方には、国や時代、性別を問わず、あらゆる人が憧れるものがあります。波乱に満ちた彼の人生の、ほんの一端に触れてみます。   

画像 ジャコモ・カサノヴァ(1725~1798年)
Anton Raphael Mengs “Giacomo Casanova”(1760年)

  

写真 カサノヴァの生まれ故郷ヴェネツィア

ジャコモ・カサノヴァ、その伝説のはじまり

1725年、水上都市ヴェネツィアに、6人兄妹の長子 として生まれたジャコモ・ジローラモ・カサノヴァ(Giacomo Girolamo Casanova)。両親はともに俳優、カサノヴァ自身も容姿端麗で、おまけに約190センチの長身と、体格にも恵まれていました。

10代半ばですでに神学者の資格を持っていたカサノヴァは、名門パドヴァ大学に入学。法学博士の学位を取得したほか、いろいろなことを学びました。化学、数学、医学、歴史、哲学、文学、占星術に錬金術……知識を深めるごとに、今いる世界が小さく感じたのでしょう。カサノヴァはヴェネツィアを飛び出します。   

地図 現代の地図に当てはめた、カサノヴァの訪問国

カリスマの処世術

生涯、決して曲げることのなかったカサノヴァの信念を表している、彼自身の言葉があります。

「人は自由である。しかし、自分が自由だと信じていないなら、もはや自由ではない」 - ジャコモ・カサノヴァ -

その言葉のとおり、彼は自分の行動に制約をもうけたりはしません。庶民出身でも臆せず、貴族社会に乗り込んでいきます。 当時のヨーロッパは、ロココ文化が隆盛を極めており、社交の場としてのサロン文化が発展。カサノヴァは舞踏、剣術、乗馬、射撃をマスターし、「ド・サンガル」という由緒ありそうな響きの騎士名を名乗って、まんまと貴族の仲間入りをします。一度でも会ってしまえばこちらのもの。後は博識とユーモア溢れる話術で人脈を巧みに広げ、様々な権力者と繋がることに成功しました。   

その中でもキーパーソンとなったのは、フランス国王ルイ15世の公妾、ポンパドゥール夫人でした。夫人の強力な人脈により、カサノヴァの人生は大きく転換したといえます。その他にも、プロイセン王フリードリヒ2世やロシア女帝エカテリーナ2世、ローマ教皇など、ヨーロッパ諸国の統治者・権力者や識者たちと、当時の権威がずらり。晩年には歌劇の台本作家、ロレンツォ・ダ・ポンテと知り合い、彼の代表作の一つ「ドン・ジョバンニ」のモデルになると同時に、執筆にも協力したという話も。そして、この作品に曲を書いた、かの有名な音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとも面識があったそうです。

カサノヴァはこれらの人々と関わるなかで、特定の職業には就かず、趣味でも楽しむように、様々な仕事を経験しました。ざっと挙げただけでも、作家、詩人、冒険家、哲学者、法律家、歴史学者、聖職者、薬剤師、兵士、バイオリニスト、マジシャン、政治家、外交官、スパイ、賭博師 ……と、まるで何人もの人生を見ているようです。無理だと思われるようなことにも果敢に挑んできたカサノヴァらしいですね。   

「失敗をしない者からは何も生まれない」 - ジャコモ・カサノヴァ -   

  

画像 ポンパドゥール夫人の肖像画
François Boucher “Madame de Pompadour”(1756年)

<ロココ文化>

国王ルイ14世統治後からフランス革命の頃に栄えた宮廷文化。芸術や服装など見た目には華美で贅沢、ポンパドゥール夫人や、ルイ16世の王妃マリー・アントワネットがファッションリーダーとされていました。絶対的な権力を誇り、貴族たちを強制的にベルサイユ宮殿に住まわせるなど、厳しかったルイ14世の治世から解放され、人々が自由であることを意識した時代といえます。 晩年、カサノヴァが毎日10時間以上を費やし書き上げた回想録「我が生涯の物語」(全12巻、約3,500ページ)には、ロココ文化の生活が詳細に記されており、当時を知る上での貴重な資料となっています。

恋愛の極意


「すべての女性が同じ顔、同じ性質、同じ心であるなら、男は決して不貞をはたらいたりしない。それどころか、恋もしなくなるだろう」 - ジャコモ・カサノヴァ -

カサノヴァがもっとも自由に楽しんだのが、やはり恋愛でしょう。貴族社会に溶け込んでいった彼も、恋愛においては相手の身分や境遇などを気にすることは決してありませんでした。出逢ってときめいた女性を、ただ心の赴くままに、全身全霊を捧げ愛したのです。常に相手の幸せを優先し、そのためならせっかく手にした大金も惜しみなく使ったカサノヴァは、別れた女性たちから恨まれることもなかったといいます。稀代のプレイボーイも、見方を変えれば一途な男といえるのかも知れません。

「女性は一冊の本のようなもの。内容を問わず、最初のページから楽しいと思って読まなくてはならない」 - ジャコモ・カサノヴァ -   

  

写真 カーニバルの光景

自由に恋愛を楽しんでいたカサノヴァは、1755年、「ヴェネツィアの風紀を乱した」として、脱獄不可能といわれた「鉛屋根の監獄」に投獄されました。自由気儘に生きてきたカサノヴァに訪れた、最大のピンチ!……のはずが、なんとあっさり脱獄に成功。 まんまと逃亡した後は、こともあろうか、お気に入りの「カフェ・フローリアン」で、優雅なティータイムを楽しんだそうです。
ちなみに、花組公演『CASANOVA』では、カーニバルの混雑の中、カサノヴァに夢中の女性たちがこぞって逃亡に手を貸し、大混乱を招きます。   

写真 ため息橋

<鉛屋根の監獄>

ヴェネツィアの観光名所、ドゥカーレ宮殿。総督邸と政庁の役割を兼ね備えるこの美しい建物に併設されていたのが、極めて頑丈な構造の「鉛屋根の監獄」です。囚人たちは、宮殿内の尋問室から牢獄に移される際、建物を繋ぐ橋よりヴェネツィアの景色を垣間見て、「もう戻れないのだ」と絶望のため息をもらしたとか。それゆえ、この橋は「ため息橋」と呼ばれるようになりました。 ここから脱獄できた、ただ一人の人物が、カサノヴァだったというわけです。

写真       現在のカフェ・フローリアン

<カフェ・フローリアン>

創業1720年の世界最古のカフェ。 ヴェネツィアの中心地、サン・マルコ広場に位置するカフェは、当時の女性たちに許された、唯一の集いの場所だったとか。そうです、カサノヴァはお茶を楽しみながら、ガールハントにいそしんでいたのです。カサノヴァのほか、文豪ゲーテやアーネスト・ヘミングウェイなど、数多くの有名人に愛されてきた 格調高い老舗カフェは、当時の雰囲気そのままに、現在も営業を続けています。




自由に、あるがままに生きる……誰もが望みながらも、たやすくは叶えられないことを、生涯貫き通したカサノヴァ。プレイボーイとして名を馳せ、「世界の恋人」と呼ばれるゴシップ的な面ばかりが注目されがちですが、「人間カサノヴァ」は、どんな時代の人でも憧れずにはいられない魅力に溢れています。だからこそ、あらゆるクリエイターをも虜にし、映画、ドラマ、舞台、小説となって、今も私たちを楽しませてくれるのです。自分の心を偽らない痛快なカサノヴァの人生が、舞台いっぱいに繰り広げられる、花組公演『CASANOVA』。どうぞご期待ください!

  

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東京宝塚劇場公演

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