演出家インタビュー
大野拓史が語る -本朝妖綺譚- 『白鷺の城』の見どころ<前編>
これまで日本物の作品を数多く発表してきた大野拓史が、人々のロマンをかきたてる陰陽師と、妖狐の伝説をモチーフに、初の日本物レヴューに挑む。宙組にとって20周年の締めくくりとなる今作について、大野に聞いた。
陰陽師・安倍泰成と妖狐・玉藻前の伝説を題材にした理由について。
真風涼帆が日本物レヴューで主演するなら、通常のレヴューではなく、何か面白い役、陰影に富んだ役を演じてもらうのがいいと思っていました。そして何より、真風が陰陽師に扮して術を操る姿を、純粋に見てみたい、と思ったからです。安倍泰成は安倍晴明の子孫とされ、玉藻前との伝説は有名です。私も本を何冊か読み、文楽の舞台も観ていましたが、「舞踊詩」というストーリーのあるレヴュー形式なら、この伝説をうまく舞台化できると思いました。宝塚歌劇で陰陽師を取り上げるのは珍しいので、新鮮にご覧いただけるのではないでしょうか。
安倍泰成と玉藻前が千年に亘って転生を繰り返す、という展開だそうですが。
玉藻前というと、平安時代後期に鳥羽上皇の御所に現れた美女として知られていますが、その前世として中国の殷(いん)王朝を滅ぼした妲己(だっき)がまず有名です。その後生まれ変わってインド、日本に現れ、陰陽師の安倍泰成に封じられて以降も、「殺生石」(せっしょうせき)と呼ばれる石となり、また別の妖怪になり……と派生していく重層的な伝説なのです。そこで、妖狐・玉藻前だけではなく、彼女を調伏した安倍泰成側も同じ人格が続いていくと面白いのではと思いました。
時や場所が変わるなかで、二人が惹かれ合ったり反発したりするのですね。
そうです。場面ごとに二人の関係性が変わっていきます。それぞれ時代が違うので、衣装も変化しますし、そのときの性格によって曲調も変わるので、今作はほとんどがオリジナル曲になりました。先日、一番大切な安倍泰成と玉藻前の場面の稽古をしましたが、真風は稽古早々に役のイメージをつかんでいましたね。芝居ではないですがストーリー性のある作品なので、これからさらに役を作りこんでくれると思います。
タイトルの-本朝妖綺譚-『白鷺の城』に込めた想いについて。
当初は『逢魔ヶ時』というタイトルでしたが、最後の場面が白鷺城、つまり姫路城の天守(魔物が棲むといわれる)の話なので、最終的にこのタイトルになりました。泉鏡花の「天守物語」の富姫で知られる、姫路城の長壁姫には、正体を狐とする伝承もあります。玉藻前は狐の妖怪ですので、今作では他にも各地の狐にまつわる伝承や伝説をモチーフに使っています。また「妖綺譚」と「妖」の字を用いたのは、少し禍々しい雰囲気を表したかったというこだわりがあります。
そういった伝説の世界が、宝塚歌劇とどう融合するのか興味深いところです。
やはり日本物レヴューなので、美しさや華やかさは大切にしたいですし、先輩の演出家が作り上げてきた日本物レヴューの伝統は守っていかなければと思っています。その伝統というのも、バラエティーに富んだ華やかな踊りや歌を見取りで展開するものと、芝居でつなげていく舞踊詩があります。今作では、後者の芝居の要素を含んだ日本物レヴューの伝統を残したいと思っています。
ご自身にとって初の日本物レヴューとなります。
舞台の要素を大きくストーリーとイメージに分ける時、イメージを喚起するためには、物語的な感興も生み出さないといけないのですが、創作の段階でイメージがストーリーに縛られてしまうと、レヴューは面白くならないと思います。いかに理性を超えた世界を創造できるかを、レヴューの秘訣として私自身の課題にしたいです。
大野拓史が語る -本朝妖綺譚- 『白鷺の城』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、真風涼帆を中心とした宙組の魅力を中心に話を聞いた。
トップスター・真風涼帆の魅力について。
恐らく本人が思っている以上に、色気や妖しさを気づかぬうちに放っているところが魅力でしょう。その色気の出し引きをもっと自在にコントロールできれば、さらに男役として進化すると思います。トップスターは自分一人が格好よければいいわけではなく、組を引っ張るキャプテンでないといけない。彼女にとって日本物レヴューは、組替え前の星組在籍時以来ですが、今の真風からは宙組をトップとして盛り立てる気概に加えて、経験者としてのキャプテン・シーを感じます。大劇場主演公演2作目を担当する私としては、“ホップ・ステップ”の“ステップ”をきちんとバックアップしていきたいです。
安倍泰成を演じる真風に期待すること。
“白皙の貴公子”といいますか、端正な雰囲気、西洋的なものとは違う知性のようなものが見えるといいですね。日本物の主人公には貴種流離譚(高貴な生まれの主人公が苦難を乗り越えて英雄となる物語)的な、育ちの良さ、品があります。野性味とは対照的な泰成の風情を出し、新たな引き出しを増やしてほしいです。
玉藻前を演じるトップ娘役・星風まどかに期待すること。
玉藻前は狐の妖怪だけれど、大きな悪事を働いたわけではなく、彼女が側にいたことで鳥羽上皇の体調が崩れ、それによって迫害されたと思うと哀れさも感じます。今回、気持ちのすれ違いというものを描きたいのですが、星風は芝居心があり、コツをつかめば表現力がさらに増すタイプなので、妖狐という難しい役柄も演じ切ってくれると期待しています。
芹香斗亜、愛月ひかる、桜木みなとらの印象について。
芹香は私が演出した花組の『新源氏物語』(2015年)にも出ていましたが、自然と目を引く華と実力がある男役です。花組とはカラーの違う宙組へ組替えして、より自分をアピールすることが求められると思います。今こそ芹香の根性、思い切りの良さを見たいですね。
愛月は影のある得難いタイプの男役だと感じます。同期の芹香との対比も面白いですし、陰影をきちんと表現できるという個性に加えて、さらに大きな華をこの作品で見せてほしいです。
桜木はスター性があり、新人公演を卒業し、余裕をもって役に取り組めています。キャリア的にも、やりがいのある役どころを与えられることも多いポジションですから、舞台の上で結果を出して、これからも成長を続けてほしいと思います。
主軸はもちろん真風と星風ですが、この3人をはじめ、他の出演者も主軸に絡む形で活躍してもらいますので楽しみにしていてください。
専科・松本悠里さんの出演について。
私が入団したときには、“演劇史の中の人”というか、すでに偉大な存在の方で……。今回宙組にとって久しぶりの日本物となるので、宙組のみんなには、ぜひ松本悠里さんからさまざまなことを盗んでもらいたいです。一貫した美意識をお持ちなので、その生き方自体が鑑になるのではと。今作では、象徴的な存在として出演していただく予定です。
今作に込めた想いについて。
この玉藻前伝説に限らず、日本の物語には面白いものがたくさんあることを、多くの方に伝えたいですね。物語を掘り起こしていけば、どこかで誰かの心に引っ掛かり、さらに求めていたものに出合うかもしれない。そういうきっかけを残せたらと思います。
最後に、お客様にメッセージを。
宙組の大劇場公演を担当するのは初めてですが、20年前に宙組が発足したときのことは、はっきりと覚えています。「すごいメンバーが集まったな」「時代が変わり、新しい世界が広がったな」ととても興奮しました。そのときと変わらず宙組は、私にとって“すごい組”であってほしいし、舞台に対する意識の高さをずっと持ち続け、創りこんで魅せる成果を自信たっぷり届けてほしい。この作品でもしっかり結果を出したいと思いますので、どうぞ楽しみにしていてください。
【プロフィール】
大野 拓史
東京都出身。1996年宝塚歌劇団入団。1999年宝塚バウホール公演『エピファニー』-「十二夜」より-(星組)で演出家デビュー。2008年には、源氏物語「宇治十帖」を宝塚歌劇らしい華やぎと爽やかさで描いた『夢の浮橋』(月組)で宝塚大劇場デビュー。その後、2009年『ロシアン・ブルー』-魔女への鉄槌-(雪組)、2012年『エドワード8世』-王冠を賭けた恋-(月組)などモダンな感覚の作品を発表する。一方で日本物の作品も積極的に手掛けており、天下の傾奇者として名を馳せた男の生き様を描いた2014年『一夢庵風流記 前田慶次』(雪組)、戦国乱世を駆け抜けた英雄の生涯をロック・ミュージカルとして情動的に綴った2016年『NOBUNAGA<信長>-下天の夢-』(月組)など、佳作を生み出し続けている。
田渕大輔が語る 『異人たちのルネサンス』-ダ・ヴィンチが描いた記憶- の見どころ<前編>
華やかで重厚な作品からコメディまで手掛ける田渕大輔が、大劇場公演で初のオリジナル作品に挑む。宙組に縁ある田渕ならではの人物造形が期待される今作について、話を聞いた。
レオナルド・ダ・ヴィンチを主人公にしたきっかけは?
宙組トップスター・真風涼帆とは非常に縁があり、彼女の星組時代から演出助手につくことも多かったのですが、改めて、彼女にどんなイメージが合うかを考えたときに、“才能ゆえの苦悩”というキーワードが浮かびました。
真風は下級生の頃から注目を集め、プレッシャーも大きかったと思いますが、容姿に恵まれ才能もある彼女が、ときに悩みながら努力を重ねトップスターになった今の姿と、万能の天才と言われながらもさまざまな創意工夫をして大成したダ・ヴィンチに共通するものがあると感じ、この題材を選びました。
ダ・ヴィンチの芸術作品は有名ですが、その人物像は謎が多いですね。
ルネサンス期は時代考証が難しく、ダ・ヴィンチがどういう生涯を送ったのかは、後世、想像のもとで記されたものがほとんどです。それは逆に自由に創作をしやすいということでもあるので、今作ではダ・ヴィンチの逸話に真風の個性からインスピレーションを得たアレンジを取り入れています。
トップスター・真風涼帆について。
真風がトップスターに就任してから大劇場は2公演目となりますが、日々稽古で接するなかで、これまでに彼女が経験し身につけてきたものが、トップスターという形で昇華されていることを実感しています。今回のポスター撮影でも、漠然としたイメージを伝えていただけで役柄を掴み、そこに自分の魅せ方も加えて撮影に臨んでくれました。良いものを創ろうとする意識がとても高い人ですし、多くの引き出しを持っている彼女の感性をとても信頼しているので、ダ・ヴィンチ像を彼女らしく表現し、舞台上で自在に息づかせてくれることと思います。ダ・ヴィンチ役は真風をイメージして創作しましたが、同時に、潜在的な魅力も引き出せたらと思っています。
トップ娘役・星風まどかが演じるカテリーナの人物像について。
ダ・ヴィンチを主役に考えたとき、ルネサンス期のフィレンツェを統治しているロレンツォ・デ・メディチ、その愛人、メディチ家のお抱えの画家という三角関係が頭の中に浮かびました。そこで、星風には、ロレンツォの愛人、カテリーナという物語のキーとなるキャラクターを創作しました。彼女の持ち味である少女のような純粋さに加えて、アンバランスな危うい色気のある人物を演じてもらおうと思います。真風が大人っぽい色気のある男役なので、それに寄り添える娘役でありたいという気概を感じますし、星風が殻をひとつ破ることで、コンビとしてさらに高みへと行けるような作品にしたいです。
芹香斗亜が演じるロレンツォ・デ・メディチについて。
芹香にぜひやらせてみたかった悪の魅力がある役で、ポスター撮影時には「世のすべての人を、見下しているような目をしてほしい」とオーダーしました(笑)。ロレンツォは実在の人物ですが、史実のままではなく、ダ・ヴィンチとカテリーナが葛藤を抱くきっかけになる人物として描きます。芹香は作品をきちんと解釈したうえで、役を深く掘り下げ、その背景も感じさせる芝居をしてくれるので、今後どのように役を膨らませていってくれるのか、今から楽しみです。
田渕大輔が語る 『異人たちのルネサンス』-ダ・ヴィンチが描いた記憶- の見どころ<後編>
インタビュー後編では、宙組の魅力や作品のさらなる見どころについて話を聞いた。
今の宙組の印象は?
真風率いる宙組は、“宙(そら)”の中で光が点在しているように、個性のある人たちが、それぞれの場所で輝いている印象です。小さくまとまるのではなく、組み合わせ次第でお芝居が変わってくるおもしろい組だと感じます。
では、宙組を支える一人でもある、愛月ひかるの魅力は?
愛月ひかるの主演作『SANCTUARY』(2014年)を担当しましたが、いい意味でギラギラとした魅力があり、それが男役の色気につながっているのを感じます。タカラヅカの男役として大切なエネルギーを持っていて、歌舞伎の見得のような魅せ方を身につけています。稽古場で見ていても、グイド司教という押し出しの強い役を色濃く演じていて、さすがだなと思いますね。
その他にも、宙組には魅力的な男役が揃っています。
宙組の男役たちは個性的なので、今作では、彼女たちの個性が互いにぶつかりあい、それぞれが男役の色気を放つような芝居にしたいと思っています。たとえば、芹香扮するロレンツォの弟・ジュリアーノを桜木みなとが演じますが、芝居ならではの“はったり”が必要な役として描きました。ダ・ヴィンチやロレンツォとの関係も見どころとなる役ですので、役同士が拮抗するような大きな熱量を持って演じてくれると思います。
今作を通して描きたいこと。
『異人たちのルネサンス』というタイトルにも通じるのですが、全編を通して“ルネサンス=再生”の意味を、登場人物それぞれが見つける物語となっています。欲望を叶えるために大きな犠牲をはらう者、純粋な愛を求めるために何かを捨てる者…そういった人物たちのなかで、ダ・ヴィンチとカテリーナの愛が浮き彫りになるように描ければと思います。
今作はフィナーレナンバーも見どころでしょうか。
本編とはがらりと雰囲気を変え、現代的なフィナーレを予定しています。モチーフは本編を踏襲しているのですが、真風の役どころは、自分の才能に溺れ、その自惚れに身を滅ぼす画家(マエストロ)という設定です。
今作もそうですが、作品を生み出すうえで特に大切にしていることは?
私は「座付き作家としてスターの持ち味を活かした芝居を書きたい」という思いから、宝塚歌劇団に入団したので、やはり出演者が最も魅力的に見える方法から探っていきます。私が描いた世界を演者が自分のものにして、育ててくれるような舞台が理想ですね。
最後にお客様にメッセージを。
真風涼帆率いる宙組の新たな魅力を引き出し、劇場で時間を共有してくださるお客様に何かを感じていただける作品となるよう、出演者、スタッフ一丸となって稽古に励んでいます。ぜひご期待ください。
【プロフィール】
田渕 大輔
大阪府出身。2006年宝塚歌劇団入団。2012年、ロンドンを舞台に奇術師の青年が巻き込まれる騒動を“ジャズ”に乗せて描いた『Victorian Jazz』(花組)で演出家デビュー。2014年、フランス王アンリ4世の葛藤と愛をドラマティックに描いた『SANCTUARY』(宙組)を発表。2015年の『相続人の肖像』(宙組)では、貴族の青年が真実の愛を知り成長する姿を瑞々しく綴った。2016年、不朽の名作『ローマの休日』(雪組)を宝塚歌劇らしい演出で舞台化し、好評を得た。2017年には浅田次郎原作の『王妃の館 -Château de la Reine-』(宙組)で宝塚大劇場デビュー。太陽王ルイ14世と個性豊かな登場人物たちが織りなす人間模様を生き生きと描き出し、コミカルで温かみのある作品に仕上げ、好評を博した。今作では自身に縁のある宙組とタッグを組み、大劇場公演で初のオリジナル作品に挑む。