演出家 小柳奈穂子が語る
ミュージカル浪漫『はいからさんが通る』の見どころ<前編>
オリジナル作品はもとより、漫画などを原作とするミュージカル作品でも類まれな才能を発揮する演出家・小柳奈穂子。原作への愛とリスペクトをもって作品と向き合う小柳に、2017年の『はいからさんが通る』初演(梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、日本青年館ホール)でも主演を務めた、花組新トップスター・柚香光の大劇場お披露目公演として再演される今作への意気込みを聞いた。
原作漫画「はいからさんが通る」の魅力
今回、大劇場で再演するにあたり、あらためて原作を読み直したのですが、ストーリーの面白さはもちろん、なによりも大和和紀先生の絵が持つ、読者を惹きつける力が、長く愛され続ける理由だと感じました。そして、金髪の陸軍少尉・伊集院忍や、女嫌いの編集長・青江冬星など、キャラクター造形の多彩さも魅力ですよね。ドジで酒乱だけど一生懸命なヒロインの花村紅緒が、個性的ながらも魅力的な男性陣に想われるという設定は、とても“強い”と思います。
漫画作品を舞台化する際に大切にしていること
私自身、数多くの漫画を読んで育ってきましたから、原作ファンの方がご覧になって「あれ?これは違うな」と思われないように気を付けています。「はいからさんが通る」でいえば、少尉と紅緒のすれ違いだったり、編集長の生い立ちだったり、シリアスな展開もありますが、あくまで大正時代を舞台にしたコメディというジャンルからは離れたくないと思っています。その基本を踏まえたうえで、女性の社会進出が進んだ1970年代初頭に描かれた漫画であることも意識しました。この話のテーマに女性の自立があると思うのですが、70年代と現在では女性が望む自立の仕方も変化しています。作品がどのようなバックボーンのなかで、どういう意図で描かれたのか、それを今、舞台化する意味は何なのかを常に大切にしています。
再演にあたって
原作ものですから、ストーリー展開に大きな変更はありませんが、初演とは劇場の大きさも、出演者の人数も異なりますし、演じる役者が替わる役もありますので、今の花組で上演する大劇場作品としてブラッシュアップしました。初演でも主演を務めた柚香光に関していえば、課せられるものが、自身の成長から、トップスターとして周りをどう率いていくかに変化しています。その違いが演技として、どのように表れてくるか、非常に楽しみですね。
フィナーレナンバーについて
男役の大階段での場面は“大正バージョン”と“浪漫バージョン”の2パターンを用意しました。“大正バージョン”はラフマニノフの曲に乗って軍服で踊る、端正なナンバーになる予定です。もう一方の“浪漫バージョン”では、衣装はシンプルな燕尾、楽曲はロシアの民族音楽「黒い瞳」をアレンジしたもので、各々の個性を発揮してもらいます。やはり、軍服の柚香も見たいし、燕尾の柚香も見たいですよね(笑)。お客様にもぜひ両パターンともに楽しんでご覧いただきたいと思います。
他には、ラインダンスでテレビアニメ版「はいからさんが通る」の主題歌を使用させていただきます。私も毎日歌っていたくらい大好きな曲なので、今回、使わせていただけるのは大変光栄なことですし、嬉しくて興奮しています。
ミュージカル浪漫『はいからさんが通る』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、柚香光ら出演者や、花組の魅力を中心に話を聞いた。
伊集院忍役を演じる花組新トップスター・柚香光について
初演のある日、公演を終えた後、相手役の華優希とともに残り、もう一度最初から最後まで稽古をしていたことが、特に印象に残っています。本当に芝居が好きではないとできないことですし、そこまで芝居に真摯に取り組んでくれる姿勢が嬉しかったですね。伊集院忍と彼女の持ち味がぴったりだと感じますし、役の心と、相手役との感情のやり取りを大事にする人なので、彼女が創り上げる内面的な演技と、大劇場の大きな空間でのお客様全体に向けた表現が合わさると、さらに魅力的になると期待しています。
花村紅緒役を演じる花組トップ娘役・華優希について
初演ではヒロイン経験が浅いなか、体当たりで演じてくれました。今回は柚香とともに、花組を率いる立場として、再びヒロインの紅緒役を務めます。彼女は、ちょっとした台詞を言うだけで観る人の心を動かす力を持っているので、それをトップ娘役として大劇場の舞台でどのように見せてくれるのか、楽しみにしています。芝居心があって、感受性豊かな彼女が、柚香の芝居に対してどう絡んでいくかは、新生花組の見どころになるのではないでしょうか。
青江冬星役を演じる瀬戸かずやについて
彼女が演じるのは、コミカルな面とシリアスな面を併せ持ち、ヒロインを導く大人の男性です。この役は、初演から役者が替わりますが、同じ役でも演じる人が替わるとやはり新鮮で、そこが演劇の面白いところの一つだと感じています。瀬戸は経験も実績もありますから、しっかり演じてくれると確信していますし、彼女の新たな魅力をご覧いただける役でもあると思いますので、どうぞ楽しみにしていてください。
その他の花組出演者について
初演と同じく鬼島森吾を演じる水美舞斗は、新生花組を支える頼もしい出演者のひとりです。彼女は、鬼島の上官である伊集院少尉役の柚香と同期生ということもあり、互いを信頼しあう関係性は初演の時から出ていましたね。今回も二人の友情やキャラクターの対比を大切に、ワイルドな男性を演じてほしいと思います。そして、永久輝せあが演じる高屋敷要は、政治的にも激動の時代であった大正時代の社会情勢を反映した人物です。少尉の友人であり、作家でもある高屋敷には、もし「はいからさんが通る」が大正時代を生きた誰かが紡いだ物語だとしたら、といった新たな視点を担ってもらおうと考えています。
専科・英真なおき、美穂圭子について
英真さんには初演に引き続いて少尉の祖父、伊集院伯爵を演じてもらいます。初演でも素晴らしい演技を見せてくれましたので、今回の出演を大変嬉しく思っています。そして、普段から上品さと可愛らしさを持った美穂さんが演じる伊集院伯爵夫人も、とても楽しみです。お二人だからこそ醸し出せる、新しい伊集院伯爵夫妻の雰囲気を、お客様にも感じていただきたいですね。
最後に、お客様にメッセージを
ありがたいことに、今作は初演でご好評をいただき、大劇場公演として再演させていただくことになりました。漫画を読んでいた方、アニメや映画をご覧になった方、宝塚歌劇で上演することで初めて触れる方など、お客様それぞれの「はいからさんが通る」像があると思います。すべての皆さまと「はいからさんが通る」の楽しさを共有できる作品になるよう、全員で稽古に励んでおります。スケールアップした大劇場版『はいからさんが通る』にご期待いただき、ぜひ劇場に観にいらしてください。
【プロフィール】
小柳 奈穂子
東京都出身。1999年宝塚歌劇団に入団。2002年、創世記のハリウッドで映画製作に情熱を傾ける人びとを描いた青春群像劇『SLAPSTICK』(月組)で演出家デビュー。コミックをミュージカル化した『アメリカン・パイ』(2003年雪組)、近未来を舞台にしたファンタジー作品『シャングリラ -水之城-』(2010年宙組)、「不思議の国のアリス」をモチーフにした『アリスの恋人』(2011年月組)など多様な作品を発表。宝塚大劇場デビュー作『めぐり会いは再び』(2011年星組)が好評を得て、翌年には続編『めぐり会いは再び 2nd ~Star Bride~』(星組)を上演した。2013年、2018年に実施された台湾公演でもその手腕を発揮し、高い評価を得た。アジアを舞台にしたコメディ作品『GOD OF STARS-食聖-』(2019年星組)では、音楽クリエイターのヒャダイン氏とのコラボレーションも話題を呼んだ。漫画や映画を原作とした作品にも定評があり、『Shall we ダンス?』(2013年雪組)、『ルパン三世 —王妃の首飾りを追え!—』(2015年雪組)、『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』(2017年星組)、『幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)』(2017年雪組)、『天(そら)は赤い河のほとり』(2018年宙組)、『はばたけ黄金の翼よ』(2019年雪組)など数多くの作品を手掛けている。2017年に今作と同じく柚香光の主演によって上演された『はいからさんが通る』は、原作の世界を見事に表現した演出で大好評を博した。