演出家 生田大和が語る
Musical『シャーロック・ホームズ-The Game Is Afoot!-』~サー・アーサー・コナン・ドイルの著したキャラクターに拠る~の見どころ<前編>
繊細な文学作品から海外ミュージカル、一本物大作、そしてショーまでもマルチに手がける演出家・生田大和が、あのシャーロック・ホームズを主人公に、宝塚歌劇版として新境地に挑戦する。宙組新トップコンビ、真風涼帆・潤花の大劇場お披露目公演でもある今作への意気込みを聞いた。
世界中の人々を魅了し続ける、名探偵ホームズの挑む冒険活劇
今作の着想のきっかけは?
一言でお答えすることは難しいのですが(笑)、幼少期の読書体験でしょうか。その一つである「シャーロック・ホームズ・シリーズ」を、“推理もの”などというジャンルの自覚もないまま読みふけり、幼心にその内容が衝撃的であったため、自然と“ホームズ”という名前が心に拭い難くインプットされていたのだと思います。
「シャーロック・ホームズ・シリーズ」の魅力とは?
世界中の多くの方々が魅了されるのは、善と悪の闘いが描かれていることと同時に、主人公のホームズが、いわゆるヒーローであるにとどまらず「人間味」溢れる人物だからではないでしょうか。また、そこに描かれる「善性」のなかに、「生きていくうえで、時として規則や法律よりも優先すべきこともある」といった“含み”が感じられる点も、シャーロック・ホームズが愛され続けている理由かと思います。
また、作者であるコナン・ドイル自身の苦悩や腐心、努力といったものが、作品全体への普遍性や人間味として表現されることで昇華されているように感じます。あまりにも大きくなりすぎた“ホームズ”の呪縛から逃れるため、作者自らが主人公を亡き者にしようとした経緯も含めて、ホームズに降りかかる命運はドイルの人生と一蓮托生にも見えます。そのようなところも、作品にユニークな魅力を生み出しているのでしょうね。
この作品を上演するに至った経緯についてお聞かせください。
『Shakespeare 〜空に満つるは、尽きせぬ言の葉〜』(2016年宙組)の取材でイギリスを訪問した際、ロンドンのベーカー・ストリートにあるシャーロック・ホームズ博物館に足を運び、シャーロック・ホームズについてあらためて考える機会を得たことが、一つのきっかけになりました。
当初は、原作の設定でホームズが女性に対して不信感を抱いている人物であることが、ロマンス要素色濃く、愛をテーマとすることの多い宝塚では題材にしづらいのではと感じていました。
しかし、この作品が21世紀になった今もなお、たくさんのパスティーシュ(※)を生み出し、映画やテレビドラマ、舞台などさまざまなメディアミックスがなされていることから、人間としての彼の魅力を全面に押し出していけば、宝塚歌劇での舞台化も可能ではないかという想いが沸き起こりました。
以来シャーロック・ホームズ役を担える人物を探っていたところ、自分のなかにあった“種”を“カタチ”にしよう!と思ったきっかけは、トップスターの真風涼帆と巡り会えたことに他なりません。
※パスティーシュ(pastiche):フランス語で模倣作品という意味。文学や美術、音楽などの芸術において先行作品の文体や雰囲気を故意に模倣して新たな作品を生み出す作風のことを指します。特に「シャーロック・ホームズ・シリーズ」はパスティーシュ作品が多いことでも有名です。
舞台化するうえで苦労した点はございましたか?
ホームズに限らずあらゆる“推理もの”に言えることですが、主人公が謎を解いていく過程で、お客様にその謎の答えや伏線を提示する必要がありますよね。本や映像作品であればページを戻ったり過去のシーンを差し挟んだりして振り返ることができますが、舞台では一定のタイムラインに対し歯車が転がりだすと戻ることができない。そのような制限のなか、お客様との間で謎解きの追いかけっこを続けながら、主人公がどう解決していくかを描くことが、作劇上で最も難しい部分であり、私にとってはヘビーなチャレンジです(笑)。
宝塚歌劇ならではのストーリー展開はあるのでしょうか?
たまたま目にする機会のあったナレッジコミュニティで「なぜシャーロック・ホームズは切り裂きジャック事件を解決できなかったのか」という問いが目に留まりました。シャーロック・ホームズを実在の人物として捉えているのか、それともある種のユーモアを込めた質問なのか、どちらでもあり得る話だと思いますが、ユニークな発想だなと印象深く残っています。過去のパスティーシュ作品でも、史実上のノンフィクションの部分とフィクションのボーダーを超えた作劇をされているものがいくつも見受けられます。
そういった背景から、今作の最大の特徴とも言えますが、シャーロック・ホームズというフィクションの人物と、史実として存在する事件をオーバーラップさせていくことを考えました。今作では、原作が持つ普遍的なテーマを、宝塚歌劇ならではの解釈を加えながらも、今の我々が生きる時代にも通じるメッセージとして、しっかりとお届けできたらいいですね。
主人公のホームズ以外の、原作で登場するキャラクターについてはいかがでしょう。
原作に登場する事件の一つに「ボヘミアの醜聞」があります。真風演じるシャーロック・ホームズと、今作のヒロインである潤花演じるオペラ歌手のアイリーン・アドラーの出会いが描かれている事件ですが、そのなかにホームズの宿敵といわれる、ジェームズ・モリアーティは、実は登場していないのです。原作に描写はないものの、事件そのものの“黒幕”が芹香斗亜演じるモリアーティだったとしたら、という想像が今作における“三人の関係性”のルーツになっています。
原作においても「モリアーティはすべての犯罪に関わっている」とホームズ自らが発言しているわけですから(笑)、そんな“行間”を創作のうえ、三人の関係性を再構築し、次第に一つの場所へ結び付けられていくようなイメージで、作品を描き出しました。
印象的なポスターからも、期待が高まりますね。
ポスターに写っている鎖は、物語の鍵となるアイテムです。実はこのポスタービジュアルをご覧になった方から「生田の趣味なのか?」と問われることもありましたが(笑)、そんなつもりは一切なく、原作のなかにしっかりと登場しているキーアイテムなのです。
「この鎖を辿っていけば真実に辿り着く」「人生というのは一つの、一連の大きな鎖の環である」など、ホームズの推理や思考のなかには鎖が登場しています。ホームズのマインドを示すアイテムとして、舞台上にも登場させる予定ですので、ご注目いただけたら嬉しいです。
Musical『シャーロック・ホームズ-The Game Is Afoot!-』~サー・アーサー・コナン・ドイルの著したキャラクターに拠る~の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、真風涼帆ら出演者や、宙組の魅力を中心に話を聞いた。
名探偵ホームズと、彼を取り巻く人物たちの魅力
宙組トップスター・真風涼帆が演じるシャーロック・ホームズに期待することは?
ホームズは慇懃無礼で事件に関係ないことには無関心という、非常に癖の強い人物ですが、真風は小説のなかにちりばめられた“シャーロック・ホームズ的な要素”を十分に表現できる実力がありますし、長身で細面というビジュアル面も含め、シャーロキアン(ホームズの熱狂的ファン)にも納得していただけるホームズをつくり上げてくれると思います。彼女は普段のユニークさも魅力の一つですから、シリアスな側面だけではなく、鋭い観察眼で名推理を繰り広げる反面、実は……という、ホームズのオンとオフの対比も見どころになるのではないでしょうか。
真風にとって、多くの役者が演じてきた役への挑戦になりますね。
考え事をする時は膝を抱えて椅子に座る、喜ぶと手を擦り合わせるなど、ホームズの習慣や癖といったディテールを積み重ねることで、役がより立体的になるわけですが、真風涼帆という役者の肉体と精神を通して、どのようなホームズが舞台上に存在するのかが、一つの鍵になると思います。ホームズ自身が背負っている“シャーロック・ホームズであることの苦悩”のようなもの、その苦悩にどう向き合ってゆくのかも含めて、宝塚歌劇版ホームズの魅力として演じてもらいたいですね。
新トップ娘役・潤花は、ホームズの心を動かした唯一の女性、アイリーン・アドラーを演じます。
潤は大人っぽい雰囲気の娘役ですが、外見の大人びた印象と彼女のキャリアにはギャップがあり、そこから生まれるある種の不安定さが、今の彼女の個性としてとても魅力的だと感じます。ただ、このギャップから来る魅力は、これから経験を重ね、変化していくものでもあります。アイリーンは自立しているようでいて、実は頼りなかったり、背伸びしていたりすると思われる人物ですから、その不安定さ、境界線の曖昧さを、今しか出せない個性を生かして、唯一無二のアイリーン・アドラーを見せてほしいと思います。
真風涼帆と潤花の新トップコンビに、どのような魅力を感じますか?
二人がコンビを組むことで、大人の雰囲気がさらに際立つと思いますし、大型コンビとしての魅力も感じさせますね。二人が並ぶと、広い空間を埋めるだけの存在感があって、そのオーラを感じては、圧倒されると同時に、安心感を与えてもらっています。今作を含め、皆さまには真風と潤だからこそ表現できる世界を楽しみにしていただきたいですね。
ホームズの宿敵、ジェームズ・モリアーティを演じる芹香斗亜に期待することは?
モリアーティはホームズと同等の天才であり、カリスマ性というのが重要なポイントになると思います。舞台の悪役は、どうしても悪の論理があるとしがちなのですが、モリアーティは良心の呵責がない“究極の悪役”です。ホームズ・シリーズではモリアーティが一体何をしたかったのかということが書かれていないので想像するしかありませんが、芹香は大変悪役の似合う男役ですので(笑)、彼女なら普遍性を伴った悪としてしか存在できない人間の性(さが)を、素敵に魅せてくれるだろうと信頼しています。
ジョン・H・ワトスンを演じる桜木みなとや、G・レストレード警部を演じる和希そらなど、冒険活劇を盛り上げる宙組スターの活躍も楽しみです。
ワトスンはホームズの助手というポジションで知られていますが、本来は立派な医師で、ホームズとは対等な関係です。ホームズを“名探偵ホームズ”たらしめるに不可欠な人物として、桜木が真風と対等に存在することが、彼らの関係性を成功させるための鍵になります。ホームズとの掛け合いも含めて、このためにキャリアを積んできたのだというぐらいの意気込みで演じてほしいですね。
レストレード警部は、警察という組織に属するがゆえのしがらみがある役柄で、中間管理職的な悲哀を和希がいかに演じるかも、一つの見せどころになると思います。それだけではなく、ホームズに頼りながらも、彼ら警察にもできることがあるというところを、鮮やかに見せてくれたらと期待しています。
最後に、お客様へのメッセージをお願いします。
今作では短編のうち6作品ほどを軸に構成していますが、私自身、「シャーロック・ホームズ・シリーズ」を偏愛していることもあり、小説の細かなエピソードやべーカー・ストリート221Bの部屋の再現など、マニアックな要素も盛り込みました。そうした細部まで楽しんでいただきたいですし、ホームズをご存知ない方にも、エンターテインメントとして気軽にご覧いただける冒険活劇を目指して創作しています。“推理もの”というと事件がつきものですが、怖がらせるような描写はありませんから、その点もご安心ください(笑)。ひと夏の思い出として、お楽しみいただければ幸いです。
【プロフィール】
生田 大和
神奈川県出身。2003年宝塚歌劇団入団。2010年、『BUND/NEON 上海』(花組)で演出家デビュー。2012年、『春の雪』(月組)では、繊細な文学作品の世界を幻想的に演出。2014年に、F・スコット・フィッツジェラルドによる小説を基にした作品『ラスト・タイクーン —ハリウッドの帝王、不滅の愛—』(花組)で宝塚大劇場デビュー。その後、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの半生を描いた『Shakespeare ~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~』(2016年宙組)や、フランス産ミュージカルの日本初演『ドン・ジュアン』(2016年雪組)の潤色・演出を手掛け、高い評価を受ける。2017年、宝塚歌劇では24年ぶりの再演となった『グランドホテル』(月組)で岡田敬二とともに演出を担当、退廃的でありながら生きることの素晴らしさを語りかける舞台が感動を呼ぶ。フランス革命の理想に燃える青年の生き様をドラマティックに表現した『ひかりふる路(みち)~革命家、マクシミリアン・ロベスピエール~』(2017年雪組)でのフランク・ワイルドホーン氏、稀代のプレイボーイの華やかで活力に満ちた冒険譚『CASANOVA』(2019年花組)でのドーヴ・アチア氏など、世界的作曲家と組んだミュージカルでも、その手腕を発揮した。2021年、『シルクロード~盗賊と宝石~』(雪組)で初のショー作品を担当。ストーリー性のある演出が、好評を博した。