『るろうに剣心』×宝塚歌劇
「日本物の雪組」の伝統が息づく
宝塚歌劇では、時代によって各組が様々なカラーを生み出してきたが、その中でもそれぞれの組に脈々と受け継がれているものがある。
浪漫活劇『るろうに剣心』に挑む雪組は、「日本物の雪組」とも称され、これまで数々の日本物作品で名作を生み出してきた。そんな雪組が、今回その伝統ある歴史に、新しい一ページを加える。
戦前から振り返ると、宝塚歌劇の至宝と評される大スター・春日野八千代の存在が大きい。春日野は雪組時代に日本物の作品に数多く主演し、麗しき若衆など日舞で培った至芸で観客を魅了した。その後も明石照子主演の『火の島』(1962年)が芸術祭賞を受賞。そして、主演の汀夏子の人気を不動のものとした『星影の人』(1976年初演)は、雪組で繰り返し再演される名作となった。幕末の動乱期を舞台に、新選組・沖田総司と芸妓・玉勇との恋が描かれ、総司の清廉な生き様が感動を呼んだ。2007年に水夏希主演で再演、2015年に、現雪組トップスター・早霧せいな主演で再演されたことは記憶に新しい。
平みち主演時代には、平安時代、大江山に住む鬼・茨木童子の運命を描いた木原敏江氏の劇画を原作とした『大江山花伝』(1986年)が誕生。その後日本舞踊の名手・杜けあきが主演を務め、旧宝塚大劇場最後の作品となった大作『忠臣蔵』-花に散り雪に散り-(1992年)など多くの日本物を上演。その印象的なプロローグ、大階段にずらっと並んだ赤穂浪士たちの雄姿は、黒燕尾姿の男役に匹敵するほどの美しさで話題をさらった。
近年では、音月桂主演で上演された『JIN-仁-』(2012年)が、日本物として異彩を放っている。村上もとか氏の漫画が原作で現代と江戸、二つの時代を通して命の尊さを謳い上げた作品。音月演じる脳外科医の南方仁と、早霧演じる坂本龍馬との友情が見どころのひとつで、娘役が演じる花魁も舞台を華やかに彩った。音月の後任を務めたトップスター・壮一帆の時代も、藤沢周平の時代小説「蟬しぐれ」原作の『若き日の唄は忘れじ』(2013年)、近松門左衛門による「冥途の飛脚」をベースにした『心中・恋の大和路』(2014年)と日本物の名作が次々に甦った。
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日本物には一朝一夕では身につかない所作や衣装の着こなし、激しい立ち回りなどをこなす芸と技が必要だ。日本物に恵まれてきた雪組には、その立ち居振る舞いを学ぶ機会が多く、雪組生が一丸となって技を磨き上げてきた。隆慶一郎氏の人気時代小説を題材にした『一夢庵風流記 前田慶次』(2014年)での、慶次(壮)が怪馬・松風にまたがり大立ち回りを見せるクライマックスなど、雪組ならではの迫力が溢れていた。
「雪組の男役はみんな自前の袴を持っている」とは早霧の弁。日本物の良さを伝えたいという自負が組子に溢れている。日本人だからこそ魂の部分で理解できる義理や人情、心意気や情念。そういった日本物ならではの世界に入り込めば、ますます作品や役柄に夢中になっていくという。「芝居の雪組」と評される演技力も大きな強み。真情を吐露するような心からの芝居が、多くの感動を呼び起こしてきた。
雪組トップコンビの芝居の魅力
2014年9月の就任からコンビを組んでいる、雪組トップスター・早霧せいなと雪組トップ娘役・咲妃みゆ。早霧は長崎県出身、咲妃は宮崎県出身と二人ともが九州出身。9年の学年差を越えて抜群に息の合ったコンビぶりを発揮している。
二人のお披露目公演となった作品は、日生劇場で上演された『伯爵令嬢』(2014年)。「王家の紋章」で有名な細川智栄子あんど芙~みん氏の大ヒット少女漫画が原作で、ベル・エポック華やかなりしフランスが舞台のロマンティックなテイストを、ものの見事に三次元に再現。公爵家の子息ながら新聞王として我が道をゆくアランと、快活で優しい少女コリンヌとの愛を、早霧と咲妃は説得力をもって演じ切った。夢々しさの中からリアルな心情をすくい取る感性の鋭さは、二人に共通のものだろう。
続く大劇場でのトップコンビお披露目となった『ルパン三世 —王妃の首飾りを追え!—』(2015年)も漫画が原作。国民的人気キャラクターを、タカラヅカのトップスターがどう演じるか大きな注目を集めたが、研究熱心な早霧は、原作のエッセンスを取り入れつつ、原作&タカラヅカファンを驚かす再現性と格好良さを両立させ、存分に魅せた。これには原作者のモンキー・パンチ氏も絶賛。自由に伸び伸びとルパン三世を演じ、型にハマらない新たな男役像を生み出した。一方、咲妃も明るい早霧ルパンに導かれるように、好奇心旺盛な新しいマリー・アントワネット像を創り出す。原作の世界観は残しつつ、ときにコミカルにときにスタイリッシュに、二人ならではの色に染め上げた。
その後、日本物の名作『星影の人』(2015年)の再演、早霧はまさに当たり役ともいえる沖田総司役に挑戦。京で最強と恐れられる剣の達人であり、不治の病に侵されている儚さも漂う総司を熱演した。純朴な彼に生きる喜びを与える芸妓・玉勇を、咲妃は芯の強さをにじませる演技で見せる。ここでも日本物ならではの心の通い合いを、情感たっぷりに二人は演じた。
2015年、若手演出家の上田久美子の大劇場デビュー作『星逢一夜(ほしあいひとよ)』は、早霧演じる藩主の子息・天野晴興と、咲妃演じる身分なき娘・泉との長年にわたる複雑な愛の形を描いた繊細な作品。心のひだに染みわたるような台詞、動き、目線、思い…。すべてが最高の形で昇華したと言える、感動的な劇空間を生み出した。日本人ならではの奥ゆかしい、相手を思いやる気持ちと、それゆえに翻弄される運命の歯車。武士としての義理や幼馴染みゆえの人情など、日本物の美学が詰まった新たな名作を早霧と咲妃は体現した。これからも二人の底知れぬ演技力で、名舞台を導いてゆくだろう。
奇才・小池修一郎が生み出す作品の魅力
『るろうに剣心』の初ミュージカル化に挑む宝塚歌劇団の演出家・小池修一郎。いまや宝塚歌劇の舞台だけではなく、『MOZART!』『キャバレー』など外部公演でも数々のヒット作を飛ばす売れっ子演出家の一人だ。2014年には紫綬褒章を受章し、その功績が認められた。
小池は、これまでも数々の題材をタカラヅカの舞台に落とし込み成功させてきた。映画でも有名なF・スコット・フィッツジェラルド原作の『華麗なるギャツビー』(1991年初演 菊田一夫演劇賞受賞)は、男役の美学が主人公・ギャツビーの背中に集約されているような演出が光った。ウィリアム・シェイクスピアの「真夏の夜の夢」を、ファンタジックな妖精の恋に置き換えた『PUCK(パック)』(1992年初演)も、幅広い世代の観客の心をとらえた。スターの個性を見抜き、緻密な作劇で原作の魅力をタカラヅカ流にアレンジする手腕に長けていると言えるだろう。
いまや宝塚歌劇の、日本ミュージカル界の財産ともなっている名作『エリザベート —愛と死の輪舞(ロンド)—』(1996年雪組で初演)を新たな作品として創り上げたのも小池だ。全編歌で綴られるウィーン発のミュージカルを潤色・演出。ウィーン版と異なり、トップスターのために「トート=死」という存在を主役に据えて、エリザベート皇妃とトートの愛という側面を強く打ち出し、妖しいロマンチシズムを全面に漂わせた。さらにハプスブルク帝国をも牛耳る“黄泉の帝王”としての存在も明確にし、トップスターのカリスマ性と重ね合わせた。その大胆な潤色は、座付き演出家ならではの技だ。
また世界的作曲家、フランク・ワイルドホーン氏とコラボレーションした名作も世に送り出している。ワイルドホーン氏が全曲書き下ろした新作オリジナル『NEVER SAY GOODBYE』(2006年 文部科学大臣賞受賞)、ブロードウェイ・ミュージカルを新たなエピソードを加え、タカラヅカ版として披露した『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』(2008年初演 読売演劇大賞優秀作品賞、菊田一夫演劇賞大賞受賞)など。いずれも魅力的なナンバーを、壮大なスケール感で見せる演出力に秀でている。名作に名曲あり。タカラヅカで歌い継がれているナンバーが、小池作品から数多く誕生している。
2010年にはフランス発のミュージカル『ロミオとジュリエット』を手掛け、東宝版も含めて繰り返し上演される大ヒット作となった。本場フランスではライブスタイルの舞台だったものをドラマ性を濃厚にし、ロミオとジュリエットを見つめる存在、“死”に加えて“愛”という存在を書き加えた。主人公二人のバックで、“愛”と“死”がせめぎ合い、最後は結ばれるという過程をドラマティックな踊りで表現。
最近では、同じくフランス発のミュージカル『1789-バスティーユの恋人たち-』(2015年)を、本場の娯楽的群像劇からロナンという一人の男のエネルギーと恋に焦点を当てた感動作へと創り変えた。宝塚歌劇が誇る舞台機構を駆使した演出も冴え渡った。
まさに適材適所、音楽やドラマ、踊りなどあらゆるエンターテインメントの力を総動員して魅せるのが小池流。ハリウッド映画を初舞台化した『オーシャンズ11』(2011年初演)では、イリュージョンまで取り入れ、出演者の個性に合った色濃いキャラクターを配した。『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』(2012年)、『眠らない男・ナポレオン —愛と栄光の涯(はて)に—』(2014年)など、新しい世界観のオリジナルにも果敢に挑戦。
また妥協を許さない演出方法で、出演者の才能を開花させる手腕にも定評がある。
『るろうに剣心』では、トップコンビをはじめとした雪組メンバーの新たな一面を、小池がどのように魅せるのか。
これまで迷いなく突き進み、素晴らしい作品を創出してきた小池だが、その情熱は衰えることを知らない。雪組が誇る「日本物」と「芝居」の技、そして小池の手腕によって、あっと驚く新しい世界が拓かれるに違いない。どんな扉が開かれるのか…、それは大劇場の空間でお確かめいただきたい。