演出家インタビュー

演出家 岡田敬二・生田大和が語る 『グランドホテル』の見どころ

ザ・ミュージカル『グランドホテル』の演出を担当するのは、宝塚歌劇団演出家の岡田敬二と生田大和。岡田敬二は初演の『グランドホテル』(1993年月組)をトミー・チューン氏と共同演出、また、ロマンチック・レビュー・シリーズ第19作品目となる最新作『ロマンス!!(Romance)』(2016年星組)など色彩豊かなレビューやミュージカルを発表してきたベテラン演出家だ。一方、生田大和は劇作家シェイクスピアの半生を巧みに描き感動作に仕上げた『Shakespeare ~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~』(2016年宙組)や、フランス産ミュージカル『ドン・ジュアン』(2016年雪組)日本初演を成功に導いた新進気鋭の演出家。今回タッグを組む二人の演出家が、名作『グランドホテル』の魅力や、新生月組への期待を大いに語る。   

音楽も素晴らしく、天の啓示を受けたような奇跡的な作品

——岡田先生は『グランドホテル』の初演にも携わられましたが、当時を振り返るといかがですか。
岡田:宝塚歌劇団は『オクラホマ!』に始まり多くの海外ミュージカルを上演してきましたが、『グランドホテル』はトニー賞に次々と輝かれたトミー・チューン氏をお迎えして上演したブロードウェイミュージカルでした。衣装、振付、音楽など超一流の海外スタッフが何ヵ月も宝塚に滞在し、『BROADWAY BOYS』と共に我々と組んで創り上げたという意味で、宝塚歌劇団にとっても、日本のミュージカル界にとっても画期的な作品です。トミー・チューン氏に「あなたは日本のパートナーだ」と信頼していただけて嬉しかったですね。
生田:そんな素晴らしい作品に、今回私も演出家として加えていただき非常に光栄です。トミー・チューンさんとニューヨークで最初にお会いした時、とてもオープンマインドな方で驚きました。今までの自分にはない、ひらめきを与えてくださいます。
岡田:トミー・チューン氏が生田先生を気に入ってくれたのは僕も嬉しいし、上り調子の今、ぜひいい仕事をしてほしいと期待しています。
  

——トミー・チューンさんはもともと宝塚歌劇にご興味があったそうですね。
岡田:彼が「My One and Only」というミュージカルで来日中、大地真央さん主演の『二都物語』『ヒート・ウェーブ』をご覧になったのが初の宝塚観劇だそうです。それから宝塚を本当に愛してくださり、トニー賞受賞作「The Will Rogers Follies」では、宝塚ならではの大階段や銀橋を取り入れた演出をされたほど。そんな彼の作品の中でも、「グランドホテル」は天の啓示を受けたような特別な輝きを持った、奇跡的な作品ではないでしょうか。内容が深いですし、ロンドン、ベルリンなど世界各地で上演され、ブロードウェイミュージカルの中でもベストテンに入るような作品だと思います。
生田:本当に記念碑的な作品ですよね。MGM映画「グランド・ホテル」は、“グランドホテル形式”という言葉を生み出した名作です。限定された空間で人々の人生が交錯していく群像劇のことを“グランドホテル形式”と言いますが、今でも影響を受けた作品はたくさんあります。これを舞台化するにあたりトミー・チューンさんたちは、舞台のセットや小道具を色々なものに見立て、音楽も途切れることなく場面を並行して進めていかれました。そのスタイルも含め、トータルにコーディネートされて芸術に昇華された作品だと思います。   

——あらためてミュージカル『グランドホテル』の魅力とは?
生田:まず音楽について申しますと、トミー・チューンさんが演出された1989年の初演より先立つこと30年前に、一度ミュージカル化されてそれがあまりうまくいかなかったという経緯があります。トミー・チューンさんはそこから様々な困難を乗り越え、さらに作曲家のモーリー・イェストンさんが参加することで大成功を収めました。例えば幕開きの楽曲「Grand Parade」や、オットーが歌う「At The Grand Hotel」、男爵の歌で今回新たに加わります「Roses At The Station」、グルーシンスカヤの「Bonjour Amour」、制作発表で珠城と愛希が披露した「Love Can't Happen」はイェストンさんの作曲です。劇の構造自体が、「Grand Parade」で始まり「Grand Parade」で終わる。それによって“ホテルに人々が来ては去っていく、何も変わりはしない”という作品のテーマが、このように音楽によっても表現されています。
岡田:トミー・チューン氏が “音楽だけは止まらない”という原作の一文からインスピレーションを得たと仰っていましたけど、彼のコンセプトがモーリー・イェストン氏の楽曲によって生きていますよね。それにミュージカルは曲が良くないと成立しない。そういう意味でも『グランドホテル』はいい曲が詰まっていますし、ただ表面的に美しいというだけではなく、奥が深くて薫り高い曲が詰まっていると思います。歌い手にとっては難曲ですが。(笑)


——物語としてはどうですか?
生田:1958年に上演されたミュージカルでは原作であるヴィッキー・バウムの小説と設定が違ったそうなんですが、トミー・チューンさんは原作通り1928年という時代に戻されたことが、まず作品に深みを与えていると思います。
岡田:1928年というと、ウォール街から始まる世界大恐慌が起きた1929年の1年前です。
生田:やはり登場人物みんなが経済的に何らかの問題を抱えています。そういった中で、“どうやって生きていくのか”という選択を迫られていく。現代に生きる私たちにとっても、普遍性のある物語だと思います。   

新生月組が深い役創りで新たな『グランドホテル』を生み出す

——今回の月組公演ではガイゲルン男爵が主役となりますが、月組トップスターの珠城りょうを中心にどんな『グランドホテル』になればいいと思いますか?
生田:大切なのは役作りのスタート地点で、悪い意味での独自性を狙わないことだと思います。新生月組公演だからと何かを過剰に付け足すのではなく、『グランドホテル』のあるべき姿を正しく辿ることが大切です。もちろんその中で結果的に出演者の個性で化学変化が起きるかもしれません。そういういい意味でのアクセントをつけられたらと思います。
岡田:今回の月組公演ではラファエラ・オッタニオ役とエリック役を、朝美絢、暁千星の二人が役替わりで演じ、フラムシェンを早乙女わかば、海乃美月の役替わりにしています。稽古は大変ですが新生月組の総力をあげてやろうと決めたことです。オッテルンシュラーグ役、ヘルマン・プライジング役も新たに専科の夏美よう、華形ひかるに演じてもらうのもその意気込みの表れです。
生田:今の月組のメンバーと今回出演する専科のメンバーが演じること、それこそが作品の個性につながりますよね。もちろん演出的に男爵が軸となるように光の当て方は変わりますが、演者たちがキャラクターの心の内、“なぜこのホテルに滞在し、なぜ出て行くのか、あるいは出られないのか”という部分を掘り下げることが、作品を成功させる重要なカギだと思います。
  

——フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵役と、演じる珠城りょうについては?
生田:男爵はこの物語の中で唯一“死”というものを担い、鮮烈な印象を残す役です。また表と裏の顔があり、貴族たちが力を失っていった時代にあって、滅びに対し誇りを持ち立ち向かっているようでいて、実は裏の顔を持っている人物です。二面性があり役者冥利に尽きる役ですね。男爵という華やかさと同時に、しぶとく生きる生命力が求められますが、今勢いのある珠城りょうのエネルギーと非常にマッチするのではと思います。珠城は持って生まれた才能、スタイル、顔立ちなど男役を成立させる条件に非常に恵まれていますが、男爵役は最初に大劇場で乗り越える“山”として、不足はないと思います。
岡田:珠城は制作発表会で見せたタキシード姿も良く似合うし、スタイル的に非常に恵まれていますよね。さらに、陰のある人物を演じられるタイプだなという印象を持っています。明るいだけのトップスターではなく、陰影のある役ができる。特にこの作品は陰の部分や深いところで勝負しないといけないので、男爵を演じる役者として、珠城は様々な可能性を秘めていると思います。
生田:陰の深さを表現するためには、光の強さも必要ですが、それをきちんと持っているのも珠城の大きな魅力ですよね。
  

——バレリーナのエリザヴェッタ・グルーシンスカヤを演じる愛希れいかについては?
岡田:もともと男役だっただけに存在感があるし、今や“女優”としても立派なものだと思います。制作発表会のパフォーマンスのリハーサルでも、トップコンビの二人を見て「これなら大丈夫」と思いました。『グランドホテル』が内包するものをきっちり演じられるのではと思います。
生田:愛希は役柄に入り込む集中力の高さが素晴らしく、精神が身体に先駆けて動き、その役の人物として舞台上に生きる事ができる女優です。どんなグルーシンスカヤが宿るのか楽しみにしています。

——オットー・クリンゲライン役と、演じる美弥るりかについては?
生田:オットーは男爵と真逆の立場で現れるんです。地位も名誉もあってお金はない男爵と、地位と名誉はないけど財産だけはひと抱えにして最高級ホテルにやって来る、余命わずかなオットー。二人が出会い友情で結ばれるのがポイントです。これはトミー・チューンさんにも訊いていきたいのですが、映画「グランド・ホテル」を見るとオットーはチャーリー・チャップリンの影響を受けているように見えます。チョビ髭に山高帽、だぶだぶのスーツなど、ある種道化的な要素があり、死ぬ運命を自覚しているからこそ破天荒に振る舞い、悲哀も背負っている。そんなオットーがホテルで出会った人々を通じて、生きる喜びを見い出すところが重要です。美弥は初演でオットーを演じた涼風真世さんへのリスペクトが非常に大きく、それがこの役に取り組むうえでいい方向に働くと思います。また役者として一歩進むターニングポイントになるのでは。そうあってほしいと思います。
岡田:美弥が今まで全くやっていなかったような役ですよね。普段二枚目の男役の彼女が、この役で役柄の幅を広げられると思いますし、そこはとても楽しみです。珠城をサポートする立場としても、非常に大きな役割を担っていると思います。
生田:月組の出演者は容姿の美しさや格好良さだけでなくその先の領域、人生の哲学的な部分に踏み込むことができると期待しています。
  

——最後にお客様へメッセージをお願いいたします。
岡田:宝塚歌劇創立103周年の幕開けに、ブロードウェイの名作『グランドホテル』を再演できること、また宝塚歌劇のファンの方に再びこの作品をご覧いただけることを、大変嬉しく光栄に思っています。ぜひ新生月組の『グランドホテル』をお楽しみください。
生田:月組にとって新しい時代が始まる大切な時に、この機会を与えられて幸せに思います。私は一回一回の仕事の巡り合わせは、自分へのプレゼントだと思っています。この幸せをきちんとした形でお届けできるよう取り組んでいきますので、どうぞよろしくお願いします。