演出家 植田紳爾が語る
JAPAN TRADITIONAL REVUE 『WELCOME TO TAKARAZUKA -雪と月と花と-』の見どころ<前編>
宝塚歌劇とともに半世紀以上を歩み、その幅広い知識と卓越した感性で、和洋、芝居、レビューと分野を問わず名作を生み出し続ける演出家・植田紳爾。今回、宝塚歌劇100周年以来の大劇場での日本物レビュー作品を手掛ける。日本舞踊・上方舞に精通し、劇団では、日本舞踊の日頃の鍛錬、技能を披露する場として隔年で行われる『宝塚舞踊会』の構成・演出に長年携わるが、宝塚独自のジャンルである“洋楽による日本舞踊”にも、日本文化を世界に発信するカルチャーとして大きな期待を寄せる。宝塚歌劇の伝統的な “日本物レビュー”の継承に不断の努力を続ける植田に話を聞いた。
“雪月花”をテーマにした日本物のレビューの制作意図、作品に対する想いをお聞かせください。
今年の年頭に、宝塚歌劇団の小川理事長が、“夢と感動を世界へ”を本年のテーマに掲げましたが、これまで宝塚歌劇に親しんでこられた方もそうでない方も、ひいては外国の方がご覧になっても楽しんでいただくためには、どのような作品が相応しいのかということを第一に考えながらつくりました。
タイトルにもあるとおり、最もお見せしたいのは、古来より綿々と受け継がれる日本人の美意識や、美の感性が集約された“雪月花”という趣です。雪、月、花、そのものではなく、例えば、それらを見た時に日本人が抱く、豊かな感性を表現したいと考えています。ただ美しいだけではなく、そこにある哀しさや儚さに起因する感傷など、そういった他の言語には訳しきれない日本人特有の感情を、世界の方々にも知っていただくことが今回のテーマですし、日本舞踊という古典芸能を世界に示す契機となるような作品になればと意識しています。
そのために、日本物レビューには洋楽が使用されるのでしょうか。
日本物を洋楽で演ずるのは宝塚歌劇創設以来の伝統です。日本舞踊が三味線や鳴り物という日本音楽で生まれ育ってきた歴史がありますが、それを洋楽に移したのは宝塚が最初です。小林一三先生が記されたものに、海外で理解されるためには洋楽で演ずることが必要だと書かれています。小林先生には宝塚を海外で上演するためという理想を感じます。
ただ今回は東京オリンピックのインバウンドの観客も考えにあったので、西洋の名曲を選んでその曲を聴いた途端にこれは何を表現したいのかすぐに理解できるようにとベートーベンやビバルディ、チャイコフスキーの名曲をテーマとして選曲しました。これを𠮷田優子さんにアレンジしてもらっています。
※𠮷田優子の「𠮷」は、ご利用の環境により「𠮷(つちよし)」の字が表示できない場合がございます。正しくは「土」の下に「口」です。
日本物のレビューに対する想いとは?
かつては、日本の美しさや楽しさを表現するエンターテインメントが、絶えず豊富に、日本中で上演されている状況でしたが、現在は、日本の演劇界全体を見渡しても非常に少なくなっているように感じます。これまで日本物レビューを多く上演してきた宝塚歌劇ですら、数年に一度というペースであるのが現状です。そうなってしまったのにはそれなりの理由があるのでしょう。しかし、責任は世の中にあるのではなく、我々創り手がもっと反省し、真剣に考え、努力し、時代に合った形で、日本人が持つ感性を継承する作品をつくる必要があると思います。決して甘えていられない世界ですから、宝塚で仕事をしている限りは僕も常に厳しい気持ちで、考え抜いて、苦しんだうえで作品を生み出し、お客様にご覧いただきたいと思っています。
今作の構成と見どころを教えてください。
日本舞踊には古い歴史があるように、宝塚における日本物のレビューにも同様に歴史があります。その中で重要なのは、古くは天津乙女のような踊り手がそうだったように、個人の芸の力で魅せること。もう一つは、ショーアップしてお見せするために群舞で魅せること。さらにもう一つは、宝塚らしさを前面に出して魅せることです。今回の作品では、この三つをそれぞれ、雪、月、花になぞらえて構成します。
まず“雪の巻”では個人の芸、姿の美しさをお見せしたいので、現在、宝塚の日本舞踊の頂点に立つ専科の松本悠里に、洋楽で踊る日本舞踊の素晴らしさを表現してもらいます。
“月の巻”では群舞を。ここでは世界中の誰もが知っている、“月”を主題としたある曲を、ボレロにアレンジして、闇夜から徐々に満月になるまでの過程を、珠城りょうを中心とした壮大な群舞でお見せします。トップスターとして脂ののっている珠城に大いに期待するところです。
そして“花の巻”は宝塚らしさを表現する場面です。宝塚の花、といえば男役の存在が挙げられます。僕は60年以上宝塚歌劇団にいますが、女性である彼女たちが男役として“男性”になりきる瞬間はいつなのだろうかと常に興味を持っていまして(笑)。これまで、天津乙女や春日野八千代など、たくさんの男役に質問してきましたが、ある人は「舞台化粧の眉を描いている時」と言い、ある人は「衣装の帯を締めてもらった時」、またある人は「舞台に出る瞬間」と言いました。そんな、我々には決して知りえない“男役の秘密”に迫ってみたいなと思い、その神秘性を、鏡を使って表現します。女性が鏡を見ながらお化粧をしていると、そこに映っていた影が突然踊り出し、“男性”へと変貌する…そんな幻想的な場面を、月城かなとを中心に表現してもらいます。
そして、宝塚大劇場公演では、第106期初舞台生の口上がありますが、今年は、近年ではあまり見られなくなった、口上後に銀橋を渡って袖に入るという、伝統的な形をとりたいと考えています。初々しい初舞台生が笑顔で銀橋を渡る姿は、宝塚歌劇の感動の場面の一つですよね。
今回は坂東玉三郎さんに初めて宝塚歌劇の監修をしていただくことでも話題ですね。
玉三郎さんには、何十年も前から、いつか宝塚でご一緒したいというお話をさせていただいていたものの、世界的に活躍されているお忙しい方ですので、なかなかそれは叶いませんでした。今回ようやくスケジュールの都合がつき、お引き受けいただけることになりました。監修をお願いするからにはこの作品を気に入っていただかなくてはなりませんから、少し緊張しましたが、構成、衣装、装置、音楽…僕の考えるすべてをお見せしたうえでご快諾いただけた時は嬉しかったですね。宝塚ファンの皆様にお見せする前に、玉三郎さんという難関を突破できたわけですから(笑)。
宝塚歌劇の百余年に対し、歌舞伎には約三百年もの歴史があります。そして歌舞伎は、いわゆる演出家がおらず、観客の感想、要求を取り入れ、変化しながらつくり上げられた芸能です。つまり、庶民がつくってきた、人々の血が通った文化ですから、いくつもの激動を潜り抜けて続いた三百年の歴史は非常に重く、その世界の第一人者である玉三郎さんからは、多くの学ぶべきことがあると思います。出演者たちはもちろん、僕自身にも言えることです。そして、その成果を宝塚歌劇に少しでも多く残していくことが、我々の大事な使命だと考えています。
JAPAN TRADITIONAL REVUE 『WELCOME TO TAKARAZUKA -雪と月と花と-』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、珠城りょうら出演者や、月組の魅力を中心に話を聞いた。
月組トップスター・珠城りょうの魅力と期待することは?
彼女は舞台に対しても、芸に対しても、とても熱心です。熱心だからこそ、ミュージカルやショーをやりながらも日本物の勉強もきちんとして、多忙を極めるなかでも、『宝塚舞踊会』にも出演しています。そんな努力をしてここまで成長した過程を見てきたので、彼女ならトップスターとして今回の作品の中心を立派に務めてくれるだろうと確信しています。僕がこの作品においてやりたいことを考える時、常に学び続けてきた珠城に対する信頼がベースになっているので、彼女の存在はとても有り難いですね。
月組トップ娘役・美園さくらについて教えてください。
彼女は洋物の芝居やレビューではレベルの高さを見せていますが、正直日本物レビューでそれが表現できるかは未知数です(笑)。しかし、ミュージカル作品であれほど役をつくり上げられるのですから、今作でも日本人の心に通じる“何か”を表現してくれるでしょう。期待を込めて、お稽古場でビシビシ鍛える予定です(笑)。
月城かなとについてはどうでしょうか。
月城は非常に宝塚の男役の“匂い”を持っているスターだと思いますので、彼女の成長のためにも、もちろん宝塚歌劇のためにも、これを機会にもっともっと飛躍してほしいですね。それを念頭に、僕も稽古をつけていこうと思います。
月組にはその他にも頼もしい面々が揃っていますね。
まさにそのとおりで、月組は日本舞踊のレッスンに積極的に出る人がとても多い組です。そういう意味においても日本舞踊における可能性を一番持っている組だと言えます。そして、地道に努力している人が多いからこそ、今回のような日本物のレビューも成功するだろうと思ったわけです。彼女たちの力で、宝塚には日本舞踊ができる人がこんなにもいるのだということをお客様に知っていただく機会になればと思っています。
専科の松本悠里について教えてください。
この公演で松本悠里が退団することになりました。残念なことにこの再開の直前に決まったことで、何も準備をしていなかったため本当に悩みましたが、何としてもできる限りのことをして送り出したいと、月組の皆さんにも協力していただき、こんな形を作りました。とにかく、彼女は間違いなく、宝塚における日本舞踊の名手です。洋楽で踊る日本舞踊を、必死で開拓してくれました。彼女の努力や精進の精神は、現役の人々に伝わってくれていると信じています。ともあれ、皆で送り出したいと考えています。
最後に、お客様にメッセージをお願いいたします。
あらためて日本物レビューの良さを知っていただき、日本古来の感性に心を寄せていただける作品にできたら、という想いです。難しい挑戦ではありますが、この作品を上演する意義を失わないよう、出演者をはじめスタッフ側も努力して、皆様に喜んでいただける作品に仕上げ、百年を超えて続く宝塚歌劇の歴史をさらに次につなげたいと思っています。
ただ、今回はそんな企画意図のもとに始まったのですが、ご承知のように、世界的な新型コロナウイルス蔓延のために公演が延期になり、やっと再開できたといっても以前のような状態ではありませんので、企画した当時とはすべての条件に大きな齟齬が生まれました。その間の出演者たちの、自己犠牲をして感染予防のための努力や健康管理を徹底した姿を見て、彼女たちの持つ“宝塚力”や舞台人としての矜持のようなものを感じましたので、その意図を大改革し、このコロナの時代に挫けず立ち向かう宝塚歌劇の生徒の強さを通じて生命の賛歌を謳い上げたいと考えています。
また、考えれば観客の皆様にも感染の注意や覚悟をもって劇場にお出でいただいているわけで、それだけ宝塚を愛し応援してくださっていることを想い、月組の皆がどれだけ頑張ったか。舞台のこと以外でも管理規制してきたこの努力の結果をご覧いただき、皆様と共にこの世界的なコロナ災害に負けずに頑張りましょう、というメッセージを舞台から送りたいと考えています。
どうか、そのことをご理解の上ご覧いただけましたら幸いです。
【プロフィール】
植田 紳爾
大阪府出身。1957年4月、宝塚歌劇団入団。入団当初は舞踊劇や狂言など小作品を多く手掛け、その後『ベルサイユのばら』、『風と共に去りぬ』などの大作でヒットを打ち出し、ドラマ作者の第一人者として活躍している。脚本・演出を手掛けた『ベルサイユのばら』は1974年に初演され、宝塚歌劇史上最大のヒット作となり、宝塚歌劇の存在を全国的なものに高めた。1977年、アメリカ文学の最高傑作「風と共に去りぬ」を舞台化。その斬新な演出は高い評価を得、その後再演を重ねる宝塚歌劇の代表作となった。この他、1979年『白夜わが愛』、1982年『夜明けの序曲』、1988年『戦争と平和』、1991年『紫禁城の落日』、1995年『国境のない地図』など、骨太なドラマ大作を中心に手腕を発揮。1993年には宝塚大劇場杮落とし公演となる日本物ショー『宝寿頌』、1997年には旧東京宝塚劇場の最後を飾る『ザッツ・レビュー』、2001年には建て替えられた東京宝塚劇場の杮落とし公演『いますみれ花咲く』、2004年には宝塚歌劇90周年の記念祝舞『飛翔無限』と『天使の季節』、2014年には宝塚歌劇100周年記念公演『宝塚をどり』を手掛け、宝塚歌劇の重要な節目を彩った。2012年、宝塚歌劇ならではの日本物ショー『宝塚ジャポニズム~序破急~』を発表。2013年から2014年にかけて、公演ごとに脚本が異なる『ベルサイユのばら』を各組で上演し、色褪せない名作の魅力で宝塚歌劇100周年を盛り上げた。海外公演では、1989年のニューヨーク公演をはじめ、1998年の香港公演、1999年と2002年の中国ツアー公演、2005年の韓国公演、2015年の台湾公演を手掛け、文化交流に貢献。2017年『長崎しぐれ坂』で、珠城りょう率いる月組選抜メンバーによる博多座公演を手掛けた。難解な素材でも解りやすくドラマティックに、華やかな舞台に仕上げることに優れ、老若男女に受け入れられる良質の作品を生み出し続ける、宝塚歌劇になくてはならない演出家である。1996年より2004年まで宝塚歌劇団理事長を務め、現在は名誉理事・特別顧問として宝塚歌劇の発展に貢献し続けている。