演出家 大野拓史が語る

宝塚剣豪秘録『柳生忍法帖』の見どころ

歴史への造詣が深く、エンターテインメント性の高い芝居の創り手として幅広いジャンルの作品を手掛ける演出家・大野拓史。今回は時代小説として長年愛される「柳生忍法帖」を、宝塚歌劇の舞台にどう転換させるのか、話を聞いた。   

孤高の剣豪・柳生十兵衛、宝塚歌劇に参上!

「柳生忍法帖」を舞台化しようと考えたきっかけは?

今回、宝塚歌劇が初めて、この小説を舞台化することになります。
「柳生忍法帖」における柳生十兵衛という人物は、剣豪ではありますが、あくまで敵討ちの手助けをする役割に徹します。主演の礼真琴の身体能力の高さは誰もが知るところなので、逆にこのような、自らの意思で動くだけではない何らかの制限がある役を演じてもらったら、面白いのではないかと考えました。もちろん、十兵衛を待ち受ける強敵との闘いの場面もありますので、彼女本来の華やかな動きも発揮できますし、まさにうってつけの題材ではないでしょうか。
あとは単純に、礼真琴にどんな格好をさせたいか、という点でも決め手になりました。眼帯姿の武芸者というのは、ビジュアル的に精悍で格好良いですからね(笑)。   

骨太な山田風太郎作品と宝塚歌劇という意外な掛け合わせにも興味がそそられます。

柳生十兵衛を主人公にすることは最初から決めていたのですが、今まで宝塚では演じてこなかったような十兵衛を描いてみたいと考え、山田風太郎さんの作品に辿り着きました。山田風太郎さんの作品は、その官能的な描写等から、少し世間に曲解されている部分があるように思います。その時代に合わせて作風を変化させていく中で、ある一面だけが印象づけられているからではないでしょうか。
しかし、表面的な部分をそぎ落とすと、実に健康的な倫理観と、非常に人間的なドラマ、そしてシンプルに格好良い人間像が浮かび上がります。真正面から大きな物事に挑み達成する登場人物に抱く、爽快感があるのです。今回も、枝葉を切り落として、しっかりとした幹を使えば、宝塚歌劇の世界にマッチさせることができると思っています。   

原作の世界観をどのように舞台に生かしますか?

「柳生忍法帖」は連載小説だったので、一回の掲載ごとに畳み込むようなテンポで展開し、見せ場がつくられています。限られた時間でこの長編小説をスピーディーにお見せするのは難しいことではありますが、舞台芸術ならではの利点を生かせば、場面の設定や、感情の流れを理解していただけると思います。また、宝塚の出演者は役の置かれた状況や立場を端的に伝える表現に長けていますから、クライマックスに向かってテンポ良くお見せできると考えています。   

礼真琴率いる星組の、燃え上がるような意欲を客席に

主人公の柳生十兵衛はどのような人物でしょうか?

腕っぷしが強く、剣の腕前も超一流の十兵衛は、大変野性的な男ですが、実は大名である柳生家のお坊ちゃんで、女性や子供には優しいのだろうなと思わせるソフトな一面も持ち合わせています。結果、多くの女性に惚れられて困惑する、というところも含め、バーバリアンでありながら可愛げのあるところが魅力ではないでしょうか。   

トップスター・礼真琴の主演作を演出するのは、これで3作目ですね。

『阿弖流為-ATERUI-』(2017年)の時は、とにかく礼の伸びやかな面が出るようにと意識していました。また、『アルジェの男』(2019年)の時は、私が求める方向性や、彼女自身が課題と思っていることに対して、話し合いを重ねながらつくりましたね。
そして今回は、すでにトップスターとして経験を積んだ礼に、自分自身で独自の色を打ち出してほしいと思っています。彼女がどう演じたいかを主張してくれれば、私は喜んで折れるつもりです(笑)。
もちろん原作に基づくキャラクターを演じてもらいますが、今の彼女には、原作の骨格に自由に肉付けできる力量が備わっていると思うので、“こういう花を咲かせたいんだ”というものを見せていただこうではないか、と思っています(笑)。   

トップ娘役・舞空瞳は、十兵衛と敵対するゆら役を演じます。

ゆらは、十兵衛との関係性をじっくりと築いたうえで恋愛に至るような役ではなく、十兵衛の美点を見つけて全力で好きになり向かって行く、という積極的な役どころです。その熱量に対して十兵衛の方も感銘を受ける部分があると思うので、二人の感情のぶつかり合いで起きる反応を描きたいと考えています。
舞空には、とにかく器用にまとめてしまわないことを望みます。感情を思いきり出した演技をどう受け止められるかなど気にせず、“殻を破ってやる!”ぐらいの気構えで演じてほしいですね。才能のある人ですから、それができれば役者としてさらに飛躍すると思います。   

十兵衛にとって最強の敵、芦名銅伯を演じる愛月ひかるは、この公演で退団します。

芦名銅伯とは、一言でいうと怪物のようなもので、小説の中では、魔人的な存在として描かれる男です。宝塚で演じるにあたって、その常軌を逸している部分は、“宝塚ならではの美しさ”をもって乗り越えられると思っています。ことに愛月ひかるという役者は、これまで数々の個性的な役を経験していますから、その完成形として銅伯を演じてもらいたいですね。そして、このような難役の見せ方を後輩たちに示し、今後の手本となってほしいと思います。
愛月は、佇まいだけでダークに見せられる、得難い特質を持つ役者です。最後に彼女の個性を存分に出しきってもらえたら嬉しいですね。   

瀬央ゆりあが演じる“会津七本槍”の一人、漆戸虹七郎も突き抜けた悪役ですね。

最近の悪役は、悪になった理由付けがされているものが多いのですが、漆戸虹七郎を含む七本槍は、それが楽しい、格好良いと思って本能のままに生きている男たちです。瀬央も、常識のラインを大きく超えて、“臆面もないはっきりとした悪役”を演じることで、存在が突出して見えると思います。演技力に関して申し分のない人ですから、今回は、ほの見える人の好さを消してほしいなと(笑)。今、彼女がこうした役を演じることに意味があると思いますし、狂った炎を纏う男として虹七郎を演じられたら、より大きな役者になれるだろうと期待しています。   

今の星組について。

中心にいる礼真琴の人柄もあって、星組は非常にチームワークの良い組だと感じます。雰囲気も良く、とても楽しそうですね。ただ、その中にもう少し異分子的な存在が現れたら、さらに面白い組になるでしょうね。包容力のある星組なら、そういった存在も受け入れられるはずですから、学習する機会をつくる意味でも、今回は下級生にもなるべく多くの役が付くように用意しました。   

最後に、お客様へのメッセージをお願いします。

山田風太郎さんのファンの方、「柳生忍法帖」のファンの方にも楽しんでいただけるような作品にしたいですし、また、宝塚歌劇のファンの方には、山田風太郎という作家が描く物語の面白さをお伝えしたいと思っております。
そしてなにより、礼真琴の今の輝きと、なかなか全員で舞台に立つ機会がなかった星組生たちの燃え上がるような意欲を感じていただきたいですね。それを引き出すのが私の務めだと考え、皆さまに楽しんでいただける舞台をつくってまいりますので、どうぞご期待ください。   

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【プロフィール】

大野 拓史

東京都出身。1996年宝塚歌劇団入団。1999年宝塚バウホール公演『エピファニー』-「十二夜」より-(星組)で演出家デビュー。2008年には、源氏物語「宇治十帖」を宝塚歌劇らしい華やぎと爽やかさで描いた『夢の浮橋』(月組)で宝塚大劇場デビュー。その後、『ロシアン・ブルー』-魔女への鉄槌-(2009年雪組)、『エドワード8世』-王冠を賭けた恋-(2012年月組)などモダンな感覚の作品を発表する。一方で日本物の作品も積極的に手掛けており、天下の傾奇者として名を馳せた男の生き様を描いた『一夢庵風流記 前田慶次』(2014年雪組)、戦国乱世を駆け抜けた英雄の生涯をロック・ミュージカルとして情動的に綴った『NOBUNAGA<信長>-下天の夢-』(2016年月組)、転生を繰り返す陰陽師と妖狐の宿縁をドラマチックに見せたレヴュー『白鷺(しらさぎ)の城(しろ)』(2018年宙組)、異国に渡った侍の心情や異文化との出会いを軸に展開するヒロイックな娯楽作品『El Japón(エル ハポン) -イスパニアのサムライ-』(2019年宙組)など、佳作を生み出し続けている。また、『パパ・アイ・ラブ・ユー』(2019年専科)、『シラノ・ド・ベルジュラック』(2020年星組)といった海外劇作家による有名作品の演出でも手腕を発揮した。礼真琴の主演作を担当するのは、『阿弖流為 –ATERUI–』(2017年星組)、『アルジェの男』(2019年星組)に続き、今作が3作目となる。