『舞音-MANON-』の世界
『舞音-MANON-』演出家メッセージ
脚本・演出:植田景子
「マノン・レスコー(アベ・プレヴォ作)」を題材とした、オリジナルミュージカルを創作するにいたった経緯
“ロミオとジュリエット””椿姫”のような、クラシカルラブストーリーは、宝塚のレパートリーの王道かなと思いますし、その愛のロマンティシズムは、本質的に、お客様が宝塚に求めているものだと感じます。
“マノン・レスコー”の物語は、官能的なヒロインに男が翻弄されるという、男女のリアルな恋愛感情が描かれた作品であり、必ずしも、甘い純愛ストーリーではありませんが、何が起ころうと、マノンへの愛を貫き、彼女から離れられないデグリューの狂おしいほどに一途な愛が、宝塚作品のドラマトゥルギーとして強い核になると感じました。
物語自体が、オーソドックスなメロドラマなので、舞台をアジアに置き換えることで、演出的に新鮮に見えるようなチャレンジが出来れば面白いと思い、フランス植民地下のインドシナ(現ベトナム)を選びました。可愛いベトナム雑貨やヘルシーなベトナムフードなど、リアルタイムに、日本の女性にとっても、ベトナムは人気の場所ですし、フランスのエスプリと東洋のエキゾティシズムが混合する、その土地柄が、官能的で魅力的な雰囲気を醸し出すのではないかと。
脚本執筆前に現地へ訪れ、そこで感じたベトナムの魅力は?
一観光客みたいな感想ですが(笑)、食べ物が、美味しくてビックリしました! 何もかも、出てくるもの全て美味しい!! 私、食べ物にこんなに感動したのは初めてです。ベトナムの料理というのは、五感に訴えることを大切にしているそうで、味は勿論、見た目の美しさ、香り、歯ごたえ、身体に優しくて、とても繊細。日本人は世界一、真面目で繊細な国民だと思っていましたが、あの料理を作るベトナムの人たちの勤勉さ、芸術性の高さは、大きな魅力だと思います。そういったベトナム料理の伝統も、その豊かな自然風土から生まれたものでしょうし、長い外国支配の中で苦渋を強いられた国民たちの愛国心、粘り強さのようなものも感じました。ベトナムの人たちは、誰かが困っていたら助けるのが当たり前という感覚があるそうで、情に厚いというか、人間臭さを感じます。悲劇の歴史の爪痕、貧困の問題など、まだまだ魅力的というだけではすまされない多くの側面を持った国ではありますが、先進国では見失われがちな、人間の素朴なプリミティブな感情を刺激する何かがあるように感じます。
龍真咲・愛希れいかをはじめとした月組のイメージ・魅力は?
月組の大劇場を担当するのが、本当に久しぶりで、龍や愛希とも、ほとんど仕事をする機会がなかったのですが、その分、今回は、とても新鮮で面白いです。
龍をトップとする月組も、去年の100周年を超え、充実期に入ってきていると思いますし、若手も伸びてきていて、組自体のエネルギーを感じます、
龍は、何よりの魅力である歌声は勿論、”マノン・レスコー”のデグリューという人物の持つ、正統派二枚目の部分と、情熱に流され堕ちていく激しさの二面性が似合う気がしていて、彼女の男役の魅力が存分に発揮できる作品になればと思います。愛希にとっても、今回のアジア版マノンという役は、感情面も技術面も、かなり高いハードルを要求される役になると思いますが、それを自分のものにし、女役として、より魅力的に一皮むけた姿をお見せできるよう、頑張って欲しいと思います。
お客様へのメッセージ
作品的には、宝塚らしさ溢れるロマンティックなラブストーリーと、ミュージカルとしての新鮮さを感じられる、幅広い層のお客様に楽しんで頂ける舞台を目指したいと思います。また、宝塚ファンの方々にとっては、月組の為の久しぶりのオリジナル作品になりますので、キャストそれぞれの魅力や成長を感じて頂けるよう、スタッフ、キャスト共に、全力で頑張りたいと思います。
どうぞ、一人でも多くのお客様に劇場に足をお運び頂けますよう、宜しくお願い申し上げます。
物語の舞台、「ベトナム」を知る
フランスによるベトナム植民地の歴史
『舞音—MANON—』は、フランスの支配下にあった1929年のベトナムを舞台に繰り広げられる。
フランスによるベトナム支配の歴史は、ナポレオン三世政権下の時代から始まっている。領土拡大政策をとっていたフランスは、1858年、ベトナム中部に位置するトゥーラン(現ダナン)の港への攻撃を皮切りに、軍事的勢力をもって、まずはベトナム南部を手中に収めると、北部へと侵攻を進めていく。1882年にベトナム北部のハノイを占領し、インドシナ総督下に治めると、その後、周辺のカンボジア、ラオスを巻き込み、1887年には広大なフランス領インドシナ連邦が成立している。物語の舞台となる1929年のベトナムはフランス領インドシナ連邦の中心地として繁栄を誇る一方で、徐々に独立運動の機運が高まっていた。
華麗なコロニアル文化が花開くかたわら、ベトナム国民が厳しい生活を余儀なくされていた植民地時代のベトナムで、物語はどう動いてゆくのか…。
運命の地の舞台、ベトナムの各地域を紹介
はじまりの地 南部<サイゴン(現ホーチミン)>
—フランス海軍将校・シャルルが運命に導かれるように駐屯先であるサイゴンの港へ降り立つところから、物語は始まる。
1年中暑い気候が続くベトナム南部の地域。その南部地域最大の都市であるサイゴンは、1887年から1902年までの間、総督府が置かれ、フランスによるベトナム侵略の拠点となった。1975年のベトナム戦争締結後に周りの地域と併せて、ベトナム解放の英雄であるホー・チ・ミン氏にちなんで「ホーチミン」と名を改めた。戦火に見舞われながらも、インドシナ総督府邸(現・統一会堂)やサイゴン大聖堂などのフランス風の近代的な建築物が立ち並ぶ街並みは現在も保存されている。フランス統治時代の名残が色濃く残るホーチミンは、東洋と西洋が入り混じるノスタルジックな都市として「東洋のパリ」「極東の真珠」などと例えられ、ベトナムの商業中心都市として今も発展を続けている。
怒涛の展開が待ち受ける 中部<ホイアン~トゥーラン(現ダナン)>
—古都の名残をとどめた町で、幸せなときを過ごすシャルルとマノン。過酷な運命がふたりにしのび寄る。
ホイアンとトゥーラン(現ダナン)はいずれもベトナム中部に位置する重要な港湾都市としての歴史を持っている。ホイアンは古くから国際交易都市として発展してきた港町で、南シナ海を臨む海港は海のシルクロードの中継地として栄え、各国との貿易が盛んに行われていた。かつて日本人町が存在した歴史もあり、往時の活気に満ちた国際都市の面影が残る古い町並みが1999年にユネスコから世界文化遺産に指定された。
ホイアンに継いで、貿易港として繁栄してきたダナンは、フランス植民地時代にはトゥーランと称され、インドシナ総督府直轄地の1つとなっている。天然の良港を持つダナンは、近年その美しいビーチが評判となるとリゾート開発が進み、現在は中部最大の都市としてにぎわっている。
物語のクライマックス 北部<ハノイ>
—運命が導いた地・ハノイ。シャルルとマノンの愛の行方はどこへ辿りつくのだろうか…?
フランス統治下ではインドシナ総督府が置かれ、政治・文化の中心として栄えたハノイは、1945年「建国の父」ホー・チ・ミンが独立宣言を読み上げた地としても歴史にその名を刻んでいる。ベトナム民主共和国として独立後、首都として正式に定められたハノイは、ベトナム最初の王朝・李朝もこの地を首都にしていたという長い歴史を持つ街である。1000年以上の歴史を有する伝統の都市には、その歴史を象徴するような古い建築物も数多く存在し、特にかつてフランス人の居住区があったホアンキエム湖周辺にはフランス統治時代の建物が多く残っている。
また、ベトナム北部の海に面するハロン湾は1994年に世界自然遺産に登録された。澄みきった美しい海から多数の奇岩が突き出し、水面にその姿が映し出される幻想的な風景は「海の桂林」と言われ、神秘的な光景を見ることが出来る。
美しきベトナムの象徴
フランスによる植民地侵略、古くは中国からの圧力支配を受けてきた歴史をもつベトナム。長きに渡り他国からの侵攻に脅かされる中、その影響を強く受けながらも、ベトナム独自の文化を育んできた。
—マノンの妖艶さを醸し出す、アオザイの魅惑的なシルエット
アオザイはベトナム文化を代表する1つで、ウエストの高い位置まで切れ込んだ両脇のスリットと身体のラインにそったシルエット、その艶やかさを引き立てるような色鮮やかな生地で作られるアオザイは女性を美しく彩る民族衣装として知られている。しかし、この服は本来、男女共通の礼服として着用されてきた。18世紀に中国役人の服を簡略化して作られたものがアオザイの元祖であり、そこから改良を重ねた結果、今のスタイルとなっている。
現在のベトナムでは女子学生の制服や、正月・結婚式など特別な日に着る正装として親しまれているほか、観光客にも人気が高く、オーダーメイドでアオザイを注文できる店が多数見受けられる。
登場人物たちが劇中で着用する美しいアオザイにも、ぜひ注目してもらいたい。
—蓮の花のように、強く美しいシャルルとマノンの愛
蓮(ハス)の花はベトナムを象徴する植物である。泥に根を伸ばし、泥の中の水分・栄養分を摂取しながら、水面で大きく咲き誇るこの花は、美しさと力強さを兼ね揃えた聖なる花としてベトナムで広く愛されている。鑑賞して愛でるだけでなく、花弁を使った蓮茶(ロータスティー)、蓮の実を砂糖漬けにしたお菓子など食文化の1つとしても深くこの地に根付いている。
外部女性アーティストスタッフに対する植田景子の思い
今回はアジアを舞台にした作品ということで、従来の宝塚スタイルと違ったものに挑戦したいと考え、多くの外部のスタッフの方々に参加していただきました。
音楽はニューヨーク在住の韓国人作曲家Joy Sonさんにお願いし、ニューヨークで一ヶ月みっちり話し合いながら創りました。とても瑞々しく優しいメロディで、今作の世界にぴったりの曲を創って頂けたと感じています。また、装置家の松井るみさん、衣装家の前田文子さんは、共に、日本の演劇界の第一人者として活躍されている方たちで、海外経験も豊富で、発想の豊かさやディテールのこだわりに、私も学ぶことが多いです。振付は、2年前に花組『愛と革命の詩(うた)-アンドレア・シェニエ-』でもお願いしたハンブルクバレエ出身の大石裕香さん。彼女は、芝居心のある振付をする人なので、役や芝居のことを本音で話し合い、一緒にシーンを創り上げていける大切な存在です。
皆さん、宝塚歌劇という世界に対して、愛情と理解を持ち、自分たちの表現方法が、どうすれば宝塚歌劇で素敵に見えるかを模索して下さっています。色々な面で、今まで以上に時間や労力を費やしましたが、お互いに創造性を刺激し合えるのが楽しく、“絶対に素敵な作品にしよう”という、皆さんのプロの意識の高さが、ひしひしと感じられてありがたいです。
音楽制作の裏側を、音楽家Joy Son氏と植田景子が語る!
【Joy Son(ジョイ ソン)】
韓国ソウル市で生まれる。2007年ニューヨーク大学芸術学部ティッシュ校卒業後、米国ニューヨーク市で活躍する気鋭の作曲家。手がけた代表作は2012年「パリの恋人」、2014年「LITTLE MISS FIX-IT」、2015年「ランウェイ・ビート」「BETTER THAN DREAMING」等。
“自分のルーツであるアジアの音を模索していた時期に宝塚歌劇月組公演『舞音-MANON-』に出会えたことは幸せだった”と今回の『舞音-MANON-』の作曲に精力的に取組んだ。
植田:『舞音-MANON-』は宝塚歌劇が得意とするアメリカやヨーロッパが舞台ではなくアジアを舞台とした作品です。アジアの情緒性や感性を表現することが得意なスタッフが必要だと考えました。
そのような想いのなか、新しいスタッフの開拓としてニューヨークへ赴きました。我々と同じアジアの韓国出身で、ニューヨークで音楽の勉強をされているJoy Sonさんにお会いし、『舞音-MANON-』の世界にぴったりだと思いました。
Joy:舞音の作曲のお話をいただく以前は宝塚歌劇のことを知りませんでした。しかし、宝塚歌劇をはじめて知ったとき、元々は西洋のものであるミュージカルを上手く日本の文化に取り入れて100年も続いているということに感動しました。
『舞音-MANON-』の台本を読んだときに、すぐに物語にのめり込んでしまいました。シャルルとマノンという素敵な二人の人物が、1920年代のベトナムで二人の愛を育むことの困難さが描かれています。それはまるで「ロミオとジュリエット」のようで…。壮大な二人の生涯の物語に魅了されました。
Joy:景子先生とどのようなコンセプトにして、どんなトーンで作品を色づけていこうかと何度も話し合い、音楽やダンスなどすべてにおいて西洋と東洋が融合したものを作り上げたいと考えました。もちろん、作曲活動でもイメージの擦り合わせを何度も行い、特に日本語の歌詞とメロディとの調和に力を注ぎました。
植田:Joyさんは日本語が話せないので、日本語の歌詞をローマ字で書いたものと、音読して録音したものをお送りしたのですが、一生懸命、日本語の歌詞を覚えようとして、四六時中そればかり聞いていたので「愛はなんなのか!」と日本語の寝言が飛び出して一緒に寝ていた旦那さんを驚かせてしまったというエピソードがあるほど…(笑)。プロとしてのこだわり、意識の高さを感じました。
Joy:月組と一緒にお稽古をしましたが、私はこんなに熱心にお稽古する方々をこれまで見たことがありません。みなさん才能溢れる素敵な方ばかりで、特に龍真咲さんの歌唱力は、はじめてお聴きした時からとても素敵だと感じていました。また、スタッフのみなさんも素晴らしい方ばかりで、このメンバーなら良い作品が作りあげられると確信しておりました。韓国にもニューヨークにも宝塚歌劇のような劇団はありません。日々のお稽古を通して、100年間も続いてきた宝塚の魅力を感じました。今では、宝塚歌劇の大ファンの一人です。(笑)
植田:今回の『舞音-MANON-』はクリエイターとして妥協することなくその世界観を描き出すことを追求しています。ベトナムという新しい題材に対して、衣装から小道具まで一つひとつにこだわり、お客様に喜んでもらえるものにしようという一つの想いで、スタッフと出演者が一体となって制作に取り組んでいます。 舞台で演じる出演者を通して『舞音-MANON-』の持つ世界観をお客様へ届けられればと思います。
Joy: 元々ミュージカルは西洋のものですが、今作ではアジアンテイストを取り入れたことで、今までにない特別な作品になったと思います。私は、この舞台が皆様に愛されることを願っています。
龍真咲・愛希れいかのJoy Son氏の印象
【龍 真咲】
最初に曲を聴いたときに壮大なイメージを抱いたので、力強い(?)女性を想像していましたが、実際には繊細でとても可愛い女性だったのでびっくりしました。
彼女の作った旋律にのせて歌っているだけで、『舞音-MANON-』の世界がどんどん広がっていきます。本当に素晴らしい楽曲をありがとう!Thank you Joy!
【愛希れいか】
Joyさんはとても優しく、可愛らしい女性ですが、その印象どおり楽曲も繊細でとても優しい旋律ばかりです。
この『舞音-MANON-』のイメージに本当にぴったりで、Joyさんの音楽が無ければ、この作品が完成しなかったと思います。Joyさん、ありがとうございます!