演出家インタビュー
演出家 上田久美子が語る 『神々の土地』の見どころ
常に新しい題材やアプローチで観客を非日常の美しい世界へ誘う、演出家・上田久美子。今作ではロマノフ王朝の末期、ロシア革命前を舞台にした物語を紡ぐ。奇しくも『翼ある人びと —ブラームスとクララ・シューマン—』以来のタッグとなる朝夏まなとの退団公演、今作に挑む上田に話を聞いた。
物語の着想のきっかけは?
偶然出合った一冊の本がきっかけです。それは、今作の主人公であるドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフの姉、マーリヤが亡命した後に出した自叙伝で、実に興味深い内容でした。マーリヤはアレクサンドル三世の姪に当たるのですが、ロシア革命前、20世紀に入っても中世の貴族のような豪華な暮らしをしていたのが分かります。想像を超える富の裏でストライキが起こり、皇族が何人も殺されている……、そういう“栄光”と“死”が表裏一体となっているところに、ある種のロマンを感じました。
ロシアの印象について。
“ソビエト連邦”の頃もそうですが、どこかミステリアスな印象がありますよね。ロシア貴族というだけで、ちょっと時代がかった雰囲気で、その響きにも物語めいたものを感じて、すごく胸が高鳴ります(笑)。シベリア鉄道の本などを読んでいると、白樺の荒涼とした大地がどこまでも続き、ところどころにツンドラの沼地や村が現れる、そういった情景を思うと、ロシアは他のヨーロッパ諸国とは違うプリミティブな場所だなと感じます。位置的にも文化的にもアジアとヨーロッパの間にあり、エキゾチックな雰囲気があるのも面白いですね。そもそも帝政ロシアにラスプーチンという怪しい僧が現れたのも、シベリア地方でシャーマンたちが加持祈祷によって病気を治していた、という文化の流れなのではないでしょうか。
今作の舞台、ロシア帝政末期について。
この時代の何が面白いかというと、まず登場人物が個性的で、日本人の私たちにも通じるような典型的なタイプの人たちが多いところです。ロシア帝国皇帝・ニコライ二世は典型的な煮え切らない夫ですし、皇后アレクサンドラは嫁姑問題で虐げられた典型的な主婦。ドミトリーと、フェリックス・ユスポフとの男同士の友情も普遍的なものですし、現代の日本に生きる私たちも自然に感情移入できるキャラクターなのが魅力です。
今作は歴史上の人物に、脚色も交えているようですが。
歴史は自然発生的な偶然の積み重なりでできていますから、それを物語として成立させるために脚色はしています。例えば、伶美うららが演じる大公妃イリナは、架空の人物造形です。物語としては、皇帝一家を操る怪僧ラスプーチンの暗殺をめぐって大きく動いていきますが、そこで起きるクーデターも、実際に起きた暗殺事件よりは誇張しています。もちろん宝塚歌劇ですから、歴史を踏まえた物語のなかで男女の恋の物語も描いています。今回“濃い”キャラクターがたくさん登場するわけですが、宙組にはさまざまな個性の出演者が揃っているので、そういう意味でもお客様に楽しんでいただけると思います。
朝夏まなとの印象は?
朝夏と仕事をするのは『翼ある人びと—ブラームスとクララ・シューマン—』(2014年)以来です。そのときは未熟さが残る青年の役(ヨハネス・ブラームス)を演じてもらいましたが、宙組のトップスターとなり、芯が太くなって、舞台人としての温度が高くなったと感じます。トップスターとしての貫禄も備わり、今回はそれを生かしてもらえたらと。彼女の退団にあたり男役の集大成として、本来似合うだろう明るくて愛嬌のある青年といった役どころではなく、精神的に成熟した大人の男性の役を演じてもらいたいと思いました。
朝夏が演じるドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフ役について。
ご存知の通り、ロシア革命によって貴族たちは滅びていきますが、ドミトリーという主人公が何を目的としていたか、ということを考えたとき、この時代に彼らのような貴族の立場に生まれたら、どのような生き方をするべきなのかと考える人物として描いています。ソクラテスの唱える“善く生きる”ということです。ドミトリーは現実を見て、近代的な方法でロマノフ王朝を存続させるために行動するという役どころで、過去の恋の傷を心に秘めながらも、自分の使命に生きるキャラクターです。歴史上でも、ドミトリーは皇帝の従兄弟でありながら優秀な軍人で、前線で活躍した人として残っているのですよ。
真風涼帆が演じるフェリックス・ユスポフ役について。
彼は貴族のプライドに生きているような人です。物事を俯瞰的に見ていて、“貴族は湯水のように富を浪費する悪の存在ではなく、学問や芸術などの発展などに尽くしてきた必要な存在だ”というような主張を持っています。わりとスノッブで冷笑的な感じのキャラクターなのですが、きっと真風はそういう役も似合うのではないかと。これまで演じてこなかったタイプのキャラクターだと思うので、彼女の新たな一面にご期待ください。
伶美うららが演じる大公妃イリナ役について。
この役が今回の物語において恋愛のポイントになってきますが、基本的にドミトリーにとっては昔の初恋の人で、現在は家族か同志のような関係です。二人の出会いや絆を育んだ時間は描かれていないのですが、朝夏と伶美ならそこをうまく匂わせてくれるでしょう。イリナは自立した大人の女性。皇族という立場に恥じる生き方は選ばない女性で、ドミトリーと価値観を分かち合えるキャラクターとして描いています。
星風まどかが演じる皇女オリガ役について。
オリガは皇帝ニコライ二世の長女ですが、ロマノフ王朝が悪い方向へ向かっている中で、ドミトリーの導きで世界に対して目を開くようになり、現状を打開するには何ができるか考え始めます。この物語の“希望”のような人物です。
演出面でのこだわりは?
一つ挙げるとすれば、今回は“ロマ音楽”のテイストを取り入れていることでしょうか。ロシアは、悠然とした大地は変わらないけれど、風で地表の土が運び去られるように権力者が滅び勢力が入れ替わっていく……、そんなイメージの場所だと感じています。当時のロシアでロマ音楽はとても人気があり、“私たちはいつか消えていく、だから今、この時を生きよう”というような曲が多いので、今作の主題に絡めて使いたいと考えています。
最後に、お客様へのメッセージを。
宝塚大劇場では特に、夏の盛りにロシアものの芝居ということで、ぜひ納涼しに劇場にお越しいただければと(笑)。ロシア革命前を舞台にした物語ですので、どちらかというと悲劇的なカタルシスですよね。私自身は好きなのですが、お客様にもそういった心が揺さぶられるものを、受け入れていただけると嬉しいです。とはいえ、今作はロシア貴族を主人公とした軍服ものですし、朝夏も真風も大人の男を演じます。シンプルに、出演者たちのその格好良さを楽しんでいただければと思います。ぜひ、美しいロシアを描いた劇空間へいらしてください。
【プロフィール】
上田 久美子
奈良県出身。2006年宝塚歌劇団入団。2013年『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』-衣通姫(そとおりひめ)伝説より-(月組)で演出家デビュー。好評を受け、同年に東京特別公演として同作を再演。続いて発表した『翼ある人びと-ブラームスとクララ・シューマン-』(2014年宙組)も高い評価を得た。宝塚大劇場デビューとなった『星逢一夜(ほしあいひとよ)』(2015年雪組)で、読売演劇大賞の優秀演出家賞を受賞。心の機微を繊細かつ丁寧に描いた、『金色(こんじき)の砂漠』(2016年花組)でもその独自の世界観で観客を魅了した。今後の活躍がますます期待されている若手演出家の一人である。
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演出家 稲葉太地が語る 『クラシカル ビジュー』の見どころ
2017年の幕開けには『モン・パリ』誕生90周年を記念して上演された『カルーセル輪舞曲(ロンド)』を手掛け、レヴューの原点に迫った演出家・稲葉太地。宝塚歌劇らしさの中にも、独自の感性が光る作品を生み出す稲葉に、宙組トップスター・朝夏まなとの退団公演となる今作に臨む意気込みを聞いた。
『クラシカル ビジュー』のテーマについて。
“ビジュー”つまり“宝石”をテーマにしたレヴューです。宙組のことを想ったとき、まず色とりどりの星が輝く宇宙が浮かび、その星が宝石であったら美しいだろうな、というところから作品づくりを始めました。“ビジュー”は個性豊かな宙組の出演者にもなぞらえています。宝石というのは光を宿していない原石に磨きをかけることで輝くもの。自分自身を磨き、また仲間と互いに磨き合って生まれる美しい輝きを、ぜひお客様に観ていただきたいと思います。
作品の内容について。
オープニングでは、宙(そら)に宝塚歌劇の5つの組をイメージした星が生まれます。赤い星(※)、黄色い星、緑の星、青い星、紫の星という5つの星が銀河を旅していくなかで、“宙(そら)の太陽”である朝夏と出会い、「我らは宝石になろう」と地球を共に目指します。そうして宝石になぞらえた多彩なテーマの場面をつなげていき、終盤はさまざまな宝石が飾られた“王冠”をテーマに、出演者全員でつくり上げる場面を考えています。ここで今回退団するトップスターの朝夏まなとには、王冠を戴く者として登場してもらいます。
(※)花組の組カラーはピンクですが、今回は一段濃い赤としております。
朝夏まなとの印象は?
やはり朝夏の一番の特長は明るさだと思います。その明るさで、人を照らしているところはまさに太陽だなと思います。トップスターというひとつの頂点を極めているからこそのオーラもあります。朝夏自身も退団記者会見で「“宙組の太陽”として、みんなを照らす存在になれたらと思い、精進してきた」と言っていたので、オープニングは“宙の太陽”という役どころにしました。
朝夏のショースターとしての魅力は?
私が朝夏と仕事をするのは久しぶりで、大きな役としては花組『落陽のパレルモ』(2005年)の新人公演まで遡ります。当時はとにかく“元気!”という印象でしたが、今は組を背負う立場になり、より舞台に対して前向きで誠実な印象を受けました。彼女が努力し続けてきた証が舞台にも出ていますよね。ダイナミックかつ繊細で、長い手足を生かした都会的で洗練されたダンスも踊れば、男らしいワイルドなダンスも踊れる。名ダンサーだけに、踊るたびに違う魅力が出てきますし、色々な役柄を通して幅広いものを表現できるスターだと思います。
今作での朝夏の見せ場は?
やはり、一番の見せ場は飾り気のないシンプルな黒燕尾でのフィナーレです。舞台全体を星空にし、その中で踊ってもらいます。実は、稽古期間に入る前に彼女とじっくり話をしたのですが、そこで私がシンプルな黒燕尾を提案すると、彼女も「私もそれがいいと思っていました」と言ってくれました。今回タイトルに“クラシカル”つまり“古典的”と入れたのも、レヴュー『モン・パリ』誕生90周年に、宝塚歌劇の真髄を舞台で表現したいと考えたからです。お客様がタカラヅカのレヴューにイメージされる、ある意味定番のような場面を選りすぐりでお届けします。朝夏には、エキゾチックな場面や、フリースタイルのジャズをスーツ姿で踊ってもらう場面などもあり、真風涼帆との男役同士のダンスも用意しています。青い炎がサファイアに宿り、それが表裏一体となって踊るという場面です。この場面は妖しい雰囲気の中にも勢いのある男役同士の踊りになればと思っています。
朝夏を宝石に例えると、幕開きは“宙の太陽”ということでダイヤモンド。さらに情熱的な部分はルビー、神秘的な部分はサファイアというように展開します。これは他の出演者も同じですが、ひとつの宝石に限定せず、いろいろな輝きで舞台を埋めていってほしいです。
宙組の印象について。
今回の公演の前に、宙組は3チーム(『A Motion』『宝塚巴里祭2017』『パーシャルタイムトラベル 時空の果てに』)に分かれて公演しており、私もそれぞれ観ましたが、とてもパワフルな組だと感じました。突っ走っていくようなエネルギーと言いますか(笑)、疾走感に似たパワーを感じ、それがすごくいいなと。今回はそのパワーに加えて、エレガントな部分なども求めていきたいです。宙組には、男役も娘役もベテランから若手まで、存分に活躍できる人材が揃っているので、それぞれの個性に新たな個性を加えて舞台をつくり上げていきたいです。
真風涼帆の魅力や今作の見せ場について。
真風とは、私が演出を担当した新人公演『太王四神記 Ver.II』(2009年星組)で主役を演じてもらった縁があり、また、星組時代には2作品私の作品に出演してくれましたが、あの頃と比べてもさらに格好良くなったと思います。最近は安定した存在感、男役の色気が溢れていると感じます。加えて、本人の人柄である大らかさも舞台に出ていて、今とても勢いがあると思います。今回は真風にも彼女のいろいろな面を発揮してもらいます。特に、終盤の真風が泥棒に扮する「キャッツアイ」という場面では、上下とも革の衣装を着てクールに登場してもらうので、どうぞご期待ください。
トップスターの退団公演を初めて手掛けるにあたり意識していることは?
朝夏と話したときに、「退団公演ですがいつも通りに、先生が考える今の宙組にとって一番いいものをつくってください」と言われ、彼女の作品に取り組む姿勢の誠実さをあらためて感じました。私も退団公演ということにのみ焦点をあてるのではなく、出演者全員が個性を発揮し、宙組として最高潮の輝きになることが、一時代を築いた“朝夏まなと”の卒業へのはなむけになると思っています。「まぁくん(朝夏)の宙組、すごく素敵だね」とお客様に思っていただける公演になるよう、作品に取り組みたいです。
あらためて、今後どのようなレヴューをつくっていきたいか?
レヴューというのは、時代の流れやスターによっても変わっていくものだと思います。ただ、宝塚歌劇として“清く正しく美しく”の精神のうえに何を目指すのか、品格を失わないように何を心がければいいのか、そういったことを常に意識しなければと実感しています。担当する組を、そして出演者を愛し、お客様のご要望もキャッチしつつ、決して慢心せず、常に挑戦の姿勢で作品をつくっていきたいですね。
最後に、お客様へのメッセージを。
今回、私にとって6年ぶりの宙組大劇場公演となります。とても楽しみにしていたので、稽古場で彼女たちのさらなる個性を見つけながら、私も出演者と宝石のように磨き合い、切磋琢磨していきたいです。宙組の“ビジュー”たちは、日によって違う輝きを放つでしょう!ぜひ何度でも劇場にお越しください。
【プロフィール】
稲葉 太地
静岡県出身。2000年宝塚歌劇団入団。2006年『Appartement Cinéma』(花組)で演出家デビュー。2009年に『SAUDADE(サウダージ)』(月組)で詩的な芝居の要素も取り混ぜて構成した自身初のショー作品を手掛ける。『Carnevale(カルネヴァーレ) 睡夢(すいむ)』(2010年雪組)で宝塚大劇場デビュー。その後『ルナロッサ』(2011年宙組)、『Celebrity』(2012年星組)はじめ、多彩なショーやレヴューを次々に発表。2015年には第二回宝塚歌劇団 台湾公演で『宝塚幻想曲(タカラヅカ ファンタジア)』(花組)を担当し、『Greatest HITS!』(2016年雪組)、『カルーセル輪舞曲(ロンド)』(2017年月組)など、意欲作を生み出し続けている。