演出家 生田大和が語る
祝祭喜歌劇『CASANOVA』の見どころ<前編>
2010年宝塚バウホール公演『BUND/NEON 上海』で鮮烈なデビューを飾って以来、湧き出る冒険心で次々とエンターテインメント作品を生み出して来た、新時代の演出家、生田大和。明日海りお率いる花組という上質の素材を得て、今、初めての一本物大作に挑む。
カサノヴァをモチーフにした作品を創ろうと考えた経緯は?
いくつかの要因がありますが、大前提として、現在の花組にあう一本物の作品であるということ、そして外国の作曲家の方に音楽をお願いするということから、ふさわしい題材は何かと考えました。幸せなことに、フランスの著名なクリエーターでいらっしゃるドーヴ・アチアさんに楽曲をお引き受けいただけることになりましたので、それを軸に具体的な構想を練り始めました。やはり外国の方との仕事となると、コミュニケーションを図る上でしっかりした共通認識が必要です。そこで、何か原作のあるものか、歴史上の人物を描いたものか、あるいはそれを下敷きにしたファンタジーか…と考える中で思いついたのがジャコモ・カサノヴァでした。
『カサノヴァ・夢のかたみ』(1994年星組)にも影響を受けたとか。
小池修一郎先生のその作品が私にとって2回目のタカラヅカ観劇だったのですが、とても惹き付けられ、その時に感じた気持ちが、今、自分がここにいることに繋がっています。初めて一本物作品に挑戦するにあたり、私にとってのタカラヅカとは何かを自問した時、自分の原点にあるものを題材として扱いたいと考えたのも、カサノヴァを題材に選んだ大きな理由の一つです。そしてそこに明日海りおというスターがいた。それが決定打となって、この作品の制作が始まりました。なにかひとつでも違っていたら、別の題材になっていたかもしれません。
映画でも度々題材になるカサノヴァは、喜劇としても悲劇としても描かれますが。
カサノヴァは、謎の多い人物です。彼の書いた回想録もどこまでが真実でどこまでが虚飾なのか、読み手の解釈に委ねられる部分が大きいので、オリジナリティを持たせて創作できるのも面白いところです。だからこそ、彼の物語は悲劇・喜劇のどちらにもなり得るわけですが、私ははじめから喜劇として描きたいと考えていました。その理由としては、誰もが楽しめるエンターテインメント作品を創りたいという気持ちが大きいですね。将来タカラジェンヌになるかもしれない少女たちはもちろん、すべての世代のお客様が夢見ることのできる作品にしたいと思っています。宝塚大劇場ではちょうどバレンタインの時期の上演で、ヴェネツィアのカーニバルのシーズンとも重なりますので、今風にいうところのラブコメ的な作品として楽しんでいただけると嬉しいです。
ドーヴ・アチア氏の楽曲について。
アチアさんの代表作である『1789-バスティーユの恋人たち-』『アーサー王伝説』『太陽王 ~ル・ロワ・ソレイユ~』などの楽曲に共通して感じるのは“サウンドは新しいけどメロディーは懐かしい”ということです。創作料理のような、といいましょうか……大袈裟に例えるなら、鰻丼にゴルゴンゾーラソースが添えられているような発想の楽しさです(笑)。誰もが親しみやすいメロディーでありながら、サウンドクリエーションという部分においてはバリエーションをつけるところがアチアさんの最大の特長だと思います。
アチア氏との作業について。
私がお伝えするイメージやプロットに楽曲を作っていただくのですが、思いもよらない角度から新たな発見を促してくださることが非常に面白く、刺激的です。初めてアチアさんにお会いした時、「せっかく新しい作品を創るのだから、リスクを恐れずにやろう」と仰っていただけたことは、私の考えとも合致するものでした。
衣装について。
アチアさんの作品に代表されるフレンチミュージカルには、良い意味での“節操のなさ”のようなものを感じます。衣装なども既存の時代考証に縛られない、より大きな視点に立った発想で創られています。それを参考に、カサノヴァの生きたイタリアンロココの時代を現代的に解釈したらどうなるかという観点でデザインを依頼していますので、楽しみにしていてください。
セットについて。
今回の物語の舞台となるヴェネツィアといえば、迷路のような街並みや、サン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮殿、そしてゴンドラなどを思い浮かべる方が多いと思いますが、それらをそのまま再現するのではなく、場面が持つ意味を落とし込んだセットにしていくつもりです。そして今回は、いわゆるアテモノと呼ばれる舞台両端のパネルの部分をスクリーンにして、場面ごとに色合いを変えていくという手法も考えています。これは一つの見どころになると思いますので、是非ご注目ください。
フィナーレについて。
少し変わった感じで始まるフィナーレは、構成自体はオーソドックスですが、衣装と音楽でアグレッシブに表現しようと考えています。楽曲は本編のものをバンド風にアレンジするなど、また違った角度からもアチアさんの作品をお楽しみいただけます。衣装は、男役は燕尾、娘役はドレスですが、こだわりを取り入れ、ディテールにおいてもユニークなデザインになっています。
祝祭喜歌劇『CASANOVA』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、出演者の魅力や、それぞれの演じる役柄について聞いた。
ジャコモ・カサノヴァを演じる明日海りおについて。
カサノヴァは、多くの女性たちと恋愛関係になりながら、憎まれることなく愛され続けたという不思議な男性です。それは、人をハッピーにする大きな力を持ち、たとえシニカルな態度でも許してしまえるようなチャーミングさがあったからではないでしょうか。人を惹きつけずにはおかない魅力のある人という点で、カサノヴァは明日海りおというスターと共通しています。今作では、そんな明日海だからこそ演じられるカサノヴァを意識して台本を書きました。彼女は伝統的な流れを汲むタカラヅカスターでありつつ、感覚はとても現代的ですから、その両輪を生かして素晴らしい役づくりをしてくれるだろうと楽しみにしています。カサノヴァという題材なので、明日海と愛人たちとの大人のラブシーンもご期待いただいているかもしれませんが、むしろその辺りはソフトに、コミカルに創る予定です。多くの女性を口説き、愛を囁きますから、カサノヴァのバリエーション豊かな口説き方にも注目してください(笑)。
ベアトリーチェを演じる仙名彩世について。
仙名は三拍子揃った娘役だからこそ、ここに至るまでにさまざまな経験を積んできました。それがバラエティに富んだ表現力を培い、糧となって今、花開いているのだと思います。今回、彼女が演じるベアトリーチェは修道院出身で曲がったことが許せない女性です。反面、カサノヴァと同じく“自由”を求めていますが、二人の考える“自由”にはズレがあります。ベアトリーチェの自由が“人が人を愛することは自由である”というのに対し、カサノヴァの自由は“いつ、どのように、誰を愛するかは自分の自由である”というもの。つまり、ベアトリーチェの思想の先には誰かと一緒に歩む未来がありますが、カサノヴァの思想の先にはそんな未来はないのです。そんな二人の愛の追求をベースにした物語ですが、結末は少々ビターでユニークな手段を考えていますので、ご期待ください。仙名にとって退団公演となりますが、なんでもできる彼女らしく大いに冒険してもらいたいです。
アントーニオ・コンデュルメル・ディ・ピエトロを演じる柚香光について。
コンデュルメルという人物は、実在した異端審問官です。クリーンで不正を許さないという表の顔の裏には、貴族階級としての旧態依然とした考えに根差した誇りを持っています。特権階級にだけ許された自由があるという考えを持つ彼には妻以外に愛人がいて、カサノヴァが彼女にチョッカイをかけたことからこの物語が始まります。カサノヴァを“鉛屋根の監獄”に投獄し、その後も自分が進みたい方向に常に立ちはだかるカサノヴァと対立を深めていく……という非常に重要な役どころを柚香に演じてもらいます。伝統的に層の厚い花組で、今や組を支える頼もしい存在へと成長した柚香もまた、明日海に負けず劣らず人を惹きつける魅力をもったスターですから、この役をどう演じてくれるか楽しみですね。
花組のスターについて。
花組は多士済々ですよね。明日海、柚香を始め、下級生に至るまで、個性豊かな出演者が揃っています。バウホール公演主演も経験済みの瀬戸かずや、鳳月杏、水美舞斗にも、彼女たちにしかできない役を演じてもらおうと思います。例えば、瀬戸は憎らしいくらいダンディで特有の色気が魅力なので、彼女の持つ湿度の高い色気を念頭に、コンスタンティーノという役を考えました。鳳月に関しては、月組に組替えになることを知らずにキャスティングしたのですが、等身大の役ではなく、可能性を広げるためにチャレンジしてほしいという思いから、コンデュルメル夫人という女役をやってもらうことにしました。情念が強くて怖いけれども美しすぎて目が離せない、といった女性像を今の彼女なら演じられると思います。水美はカサノヴァと常に行動を共にする役ですが、彼女はうっかりするとどんな役でも格好良くなってしまうので(笑)、格好良さの中にも滑稽さや人の良さが出るように、マリノ・バルビ神父という役を演じてもらいたいですね。
そして、今回の公演で花野じゅりあ、桜咲彩花という花組を支えてきた娘役が退団します。花野はカサノヴァとコンデュルメルが取り合うゾルチ夫人という女性、桜咲はベアトリーチェの冒険に付き従うダニエラという侍女の役です。私としても二人の退団は本当に惜しいですが、それぞれの個性が発揮できる役になっていると思います。
最後に、お客様にメッセージを。
宝塚歌劇は世界に唯一無二のエンターテインメント集団です。ご観劇後には、「泣けたね」「笑えたね」「感動したね」など、さまざまな感想があると思いますが、私としては「楽しかったね」と言っていただける作品創りを目標としています。そういった意味からも、実際のエピソードを取り入れながら、カサノヴァの伝記物語ではなく、気楽に楽しんでいただける娯楽作品として制作しました。また今回は、いつも支えてくれる力強いスタッフたちに加え、音楽にはアチアさん、そして振り付けではダンスカンパニー「DAZZLE」の長谷川達也さんという、非常に新鮮なスタッフ陣に恵まれました。明日海を中心とした出演者の熱量と、スタッフの力があわさって、楽しんでいただける作品になると思いますので、ぜひ劇場に足をお運びください。
【プロフィール】
生田 大和
神奈川県出身。2003年宝塚歌劇団入団。2010年、『BUND/NEON 上海』(花組)で演出家デビュー。2012年、『春の雪』(月組)では、繊細な文学作品の世界を幻想的に演出、主演の明日海りおと共に好評を博した。2014年に、F・スコット・フィッツジェラルドによる小説を基にした作品『ラスト・タイクーン —ハリウッドの帝王、不滅の愛—』(花組)で宝塚大劇場デビュー。その後、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの半生を描いた『Shakespeare ~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~』(2016年宙組)や、フランス産ミュージカルの日本初演『ドン・ジュアン』(2016年雪組)の潤色・演出を手掛け、高い評価を受ける。2017年、宝塚歌劇では24年ぶりの再演となった『グランドホテル』(月組)で岡田敬二とともに演出を担当、退廃的でありながら生きることの素晴らしさを語りかける舞台が感動を呼ぶ。同年、『ひかりふる路(みち)~革命家、マクシミリアン・ロベスピエール~』(雪組)では、フランス革命の理想に燃える青年の生き様を、世界的作曲家フランク・ワイルドホーン氏の楽曲に乗せてドラマティックに表現、重厚なミュージカルでも手腕を発揮した。