演出家インタビュー

齋藤吉正が語る グランステージ『夢現無双 -吉川英治原作「宮本武蔵」より-』の見どころ<前編>

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インタビュー<前編>では、作品の魅力や見どころについて聞いた。   

吉川英治さんの小説「宮本武蔵」を題材に選んだ理由は?

珠城りょう主演で日本物を、という話が挙がった時、「宮本武蔵」しかない!と直感しました。武芸者として強さを備えながら、剣に悩み恋に悩む、そんな男の生き様を、彼女ならきっと魅力的に演じてくれるはずと確信しています。そして武蔵と「巌流島の決闘」で雌雄を決する美剣士・佐々木小次郎に、珠城と好対照の魅力をもつ美弥るりか、という配役がすんなりとイメージできました。さらに武蔵を取り巻く登場人物も非常に彩り豊かですので、個性を競い合う月組の芝居にとてもフィットすると思い、この小説を題材に選びました。   

武蔵はいろいろな作品で描かれていますね。

宮本武蔵は、映画やドラマ、漫画まで多岐にわたり登場しますが、私のかつての演出作品、安蘭けいさん扮する佐々木小次郎が主役の宝塚バウホール公演『巌流 -散りゆきし花の舞-』(2003年星組)にも、もちろん武蔵が登場しました。その時の台本は私のオリジナルでしたが、今回、武蔵を主役に描くにあたっては、日本を代表する作家・吉川英治先生の「宮本武蔵」の物語が最も宝塚歌劇に相応しく、ぜひ舞台化させていただきたいと思いました。長編ですがとても読みやすい小説で、武蔵好きの父の影響もあって、幼い頃に読んで夢中になった思い出の本でもあります。   

小説の中で、特に印象的な場面や共感した点は?

挙げればきりがありませんが、まず、関ケ原の戦いからお尋ね者として故郷に帰って来た武蔵が人生の師となる沢庵宗彭に諭され、千年杉に吊るされる場面は印象的です。「一乗寺下り松の決闘」では、吉岡一門との死闘に耐えながらも深い苦悩を背負ったことが、後の彼のトラウマになってしまいます。そして、恋する幼馴染のお通には、触れたいと願いつつその想いを胸に秘める優しさに男気を感じました。彼の人生のハイライトとなる小次郎との決闘、その後生涯「天下無双」の道に邁進した姿……と、吉川先生の描かれた武蔵のエピソードには一男性として“格好いい!”と憧れる部分がたくさんあります。   

武蔵の生き様や、それらを描く時代劇は、なぜ多くの人の心を虜にするのでしょうか。

剣技は、武芸者の闘いの多くが“憎いから闘う”のではなく、互いの力を尊敬し合い、命を懸けた真剣勝負です。その世界で誕生したヒーローが宮本武蔵ですが、彼も元は“悪蔵”と呼ばれ恐れられた粗野な少年でした。剣を通してライバルたちと対峙する中で精神が鍛錬され、人間性が磨かれていくさまに、憧れを覚える人は多いのではないでしょうか。
私が幼い頃は、友だちとチャンバラごっこをし、テレビでは魅力的な時代劇が頻繁に放送されていましたので、かつて日本に存在した勇敢な剣士たちへの憧れを、すぐ身近に感じることができました。
娯楽が多様化した今、宝塚歌劇というツールを通して、誰でも楽しめる時代劇のスタイルを受け継ぐということも、我々の務めのひとつなのではないかと思っています。   

宝塚歌劇版の見どころは?

舞台スキルの高い珠城りょうに相応しい、迫力ある立ち回りのシーンも見せ場になりそうです。誇りと誇りがぶつかり合う激しい闘いを経て剣をもって身を究めるにつれ、“宮本武蔵”という人物が完成してゆく成長の過程を、宝塚歌劇の芸の精進にも重ねて感じていただけたら嬉しいですね。また、彼の人生の壁となって立ちはだかる小次郎との因縁には、武蔵が幼少時に負った心の傷が関わるのですが……そこは宝塚歌劇版でのオリジナルな演出になりますので、ぜひ楽しみにご覧ください。   

7年ぶりの月組大劇場公演となりますが、今の月組の印象は?

昨年携わった宝塚バウホール公演『愛聖女(サントダムール)-Sainte♡d’Amour-』の時も感じましたが、月組生は、上級生から下級生に至るまで芝居に対する造詣が深く、演出家のアプローチをキャッチする力が強いですね。殆どが歌とダンスで綴られる『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-』(2018年)でも、ダンスのみで魅せる黒天使役にいたるまで、強い芝居心を感じました。珠城はトップスターとしては若手ながらも、彼女を中心とした月組には秘められた伸びしろがありそうで、そこに“点火”した時の爆発力を期待しています。今回の作品も、組に根付いている芝居のセンスと、今の月組ならではの溌剌さ、躍動感を生かしたものになると思います。清々しい気持ちで芝居を観終わった後、第2幕のショー『クルンテープ 天使の都』も存分にお楽しみいただけるのではないでしょうか(笑)。