作・演出・振付 謝珠栄氏が語る
幻想歌舞録『眩耀の谷 ~舞い降りた新星~』の見どころ<前編>
日本を代表する演出家・振付家として幅広い活動を続け、宝塚歌劇団でも数々の名作を手掛けてきた謝珠栄氏。新トップコンビの大劇場お披露目公演でもある今作に託した想いや意気込みを聞いた。
中国を舞台にした幻想的な歴史ファンタジーを描いた経緯
数年前に民族舞踊を研究する機会があって、その観点からも中国という国は非常に興味深く、いつか本格的な中国舞踊を用いた作品をつくってみたいと、密かに温めていた題材でもあります。また今回、お話をいただいたときに、新生星組のお披露目公演にぴったりのモチーフだと感じ、チャレンジしてみました。加えて、女性が男性を演じる宝塚歌劇だからこそ、リアルさを伴わない紀元前を舞台に、史実ではないけれど、もしかしたらあり得たかもしれない、という世界を描いてみました。
今作のテーマについて
礼真琴さん演じる主人公の礼真は、自身が抱いていた理想が綺麗ごとだったと知って、悩み苦しむ役どころですが、彼が葛藤の末に何を選ぶのかを主軸に据えています。そして、礼真の選択に大きな影響を与えるひとつに、安住の地を持たず、虐げられながらも、自然を愛し明るく暮らす“汶(ブン)族”との出会いもあります。
お客様には、主人公が汶族をはじめとした周りの人たちとの関わりを通じ、人間的に成長していく姿で、何かを感じていただけたら嬉しいです。
作・演出・振付を担当するにあたって
一番難しいと感じたのは、演出家と振付家では思考が違うという点です。これまでの私の経験上、異なる視点を持つ脚本家、演出家、振付家が、それぞれの立場から作品をつくり上げることで、様々な力が結集し、より舞台が面白くなるケースが往々にしてありました。今作は、すべてを一人で担当することになりましたので、試行錯誤をしつつも、全力で取り組めたと思っています。このような機会をいただけたことは、大変勉強になりましたし、また楽しくもありました。
今作で採り入れた中国武術・音楽について
今回、世界武術選手権大会で優勝された陳静(チェン・ジン)先生に、中国武術の指導をしていただいています。彼女と一緒に作品をつくっていて、今とても充実しています。一流の方から直接技術を学ぶことは、出演者の皆さんにとっても、非常に貴重な経験になったと思います。
そして、音楽に関しては、中国と日本では伝統楽器の弾き方や吹き方も違いますから、玉麻尚一先生とも相談し、中国琵琶奏者の閻杰(エンキ)先生など、本場の音楽奏者の方々にご協力していただきましたので、いろいろな面から幻想的な歴史ファンタジーの世界を感じていただけるのではないでしょうか。ぜひ注目してみてください。
新トップコンビ、礼真琴・舞空瞳のお披露目公演について
新トップコンビの二人が、ファンの皆様に「良かったね」と祝っていただける作品であることはもちろん大切ですが、お披露目公演だからと気負うのではなく、私たち作り手は、どの公演でも出演者全員がベストだと思っていただけるよう、より良い舞台をお客様にお届けすることを常としています。
今回あえて意識したという点でいうと、トップコンビの役名でしょうか。丹礼真も瞳花も、二人の名前に由来したものを考えましたが、結果としてトップコンビを中心とした新生星組に、全力で取り組んでもらえる作品にできたと思っております。
幻想歌舞録『眩耀の谷 ~舞い降りた新星~』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、礼真琴ら出演者や、星組の魅力を中心に話を聞いた。
丹礼真役を演じる星組新トップスター・礼真琴について
彼女は、私が演出・振付を担当した『黒豹(くろひょう)の如(ごと)く』(2015年星組)の新人公演で主演をしてくれましたが、歌・踊り・芝居と三拍子揃った、多才なスターですよね。丹礼真の悩み、そして苦しむ姿を、礼さん自身がお芝居を面白いと思えるところまで追究してくれたら嬉しいですね。みんなを率いていく青年の役ですから、トップスターに就任した礼さんとも重なりますね。タカラジェンヌは演じる役の痛みや喜びを自分のものとして感じ、成長していきますので、礼さんがこの役を演じることによって、トップスターとしてどのようにステップアップしてくれるか、大変楽しみです。
瞳花役を演じる星組新トップ娘役・舞空瞳について
舞空さんとは初めてご一緒しますが、ポジティブでいつも笑顔を絶やさない、非常に可愛いらしい娘役さんという印象があります。彼女が演じる瞳花は、心にいろいろなものを抱えた難しい役ですね。笑顔は封印してもらうことになりますが、寡黙な瞳花が、想いを解き放つところでは、彼女の得意とするダンスで心情を表してもらいます。言葉を凌駕するほどの“舞”で、どこまで彼女が表現してくれるのか、期待しています。
管武将軍役を演じる愛月ひかるについて
愛月さんには、芝居の要を担う管武将軍役を演じてもらいます。管武将軍は、礼真が憧れる人物であり、置かれている立場の変化とともに新たな一面が出てくるという役どころです。これまで振り幅の大きな役どころを演じてきた彼女であれば、台本に書かれているセリフや、行動の間にある登場人物の気持ちを、うまく深く掘り下げてくれるでしょう。
“謎の男”を演じる瀬央ゆりあについて
瀬央さんが演じる謎の男は、とても面白い役ですね。実は、構想段階では押しの強い役どころを想定していたのですが、彼女の持ち味を生かして、優しく大らかな人物像にする方が、きっといいものになると思い、あえて設定を変更しました。瀬央さんなら、謎の男が抱える“想い”を、しっかりと演じてくれると思っています。
この公演で退団する、宣王役の華形ひかるについて
彼女が演じるのは、すべてを力でねじ伏せる、王として崇め立てられるワンマンな人物です。彼の傲慢さを、重厚な雰囲気で印象づけることができるのは、やはり華形さんの豊富な経験によるものでしょうね。退団はとても残念ですが、セリフ以外までをも表現できる役者ですので、宝塚人生の集大成にふさわしい“宣王”で魅せてくれると信じています。
今の星組について
星組の思いきりの良さや潔さが大好きなので、今回の作品でご一緒できることがとても嬉しく、ワクワクしてお稽古場に行きましたが、星組の皆さんは「怖い先生が来た!」と、大変緊張していたように感じました(笑)。
もともと舞台に対する熱量のある彼女たちですので、形に捕らわれることなく、もっともっと自由に芝居を楽しんでもらいたいと思っています。
最後に、お客様にメッセージを
新生星組の船出となる大劇場の公演で、脚本から演出、振付まで担当させていただき、難しさも感じていますが、出演者やスタッフと一緒に、自由な発想を出し合いながら、新しい作品をつくり上げたいと意気込んでおります。まずは稽古場での時間を大切にして、出演者の皆さんには、私が提示したものに固執するのではなく、伸び伸びと演じてほしいと願っています。そうすることで、より深く広がりのある舞台になるのではないでしょうか。そこに、美術や衣装、音楽などの先生方のお力添えをいただき、お客様に最高の舞台をお届けできればと思います。ぜひ劇場まで足をお運びください。
【プロフィール】
謝 珠栄
兵庫県出身。1971年、宝塚歌劇団に首席で入団。翌年花組に配属され、男役として活躍。1975年に退団後、ニューヨークへ留学。帰国後、1978年に東京キッドブラザース『冬のシンガポール』で振付家としてデビュー。“演劇的踊り”が高く評価され、個性的な振付は演劇界に大きな衝撃を与えた。
1981年、劇団夢の遊眠社(野田秀樹主宰)の振付を担当し、以後、同劇団の全作品を振付した。また『こまつ座』(井上ひさし主宰)や青年座等の演劇関係、劇団四季や東宝などの海外ミュージカルの振付を手掛ける一方、映画やTVなどの分野でも振付家として幅広く活躍。1985年、TSミュージカルファンデーションを設立し、オリジナルミュージカルの企画・製作を手掛け、話題作を発信し続けている。1990年より本格的に演出家へと転向。芸術選奨文部大臣新人賞、菊田一夫演劇賞のほか、紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞最優秀スタッフ賞、松尾芸能賞などを受賞。
宝塚歌劇関連では、1998年月組公演『黒い瞳』において卒業生初となる演出・振付を担当し、ドラマティックなステージングで観客を魅了。その後、1999年宙組公演『激情-ホセとカルメン-』、2000年雪組公演『凱旋門-エリッヒ・マリア・レマルクの小説による-』、2002年星組公演『ガラスの風景』、礼真琴が新人公演主演を務めた2015年星組公演『黒豹の如く』の演出・振付を手掛け、ショー作品としては2007年月組公演『MAHOROBA』の作・演出・振付を担当。いずれも独創的な舞台が好評を博す。
2016年、梅花学園芸術監督に就任。現在は多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科の客員教授も務めるなど、後進の育成にも力を注いでいる。