演出家 上田久美子をひもとく
2013年に『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』-衣通姫(そとおりひめ)伝説より-で演出家デビューを果たした上田久美子。デビュー作から完成度の高い舞台を創り上げ、その才能に注目が集まっている。花組公演『金色(こんじき)の砂漠』は、上田にとって4作目となるオリジナル作品。上田が語った創作の原点、彼女が描く作品世界の魅力について触れてみよう。
作品創りのこだわり
一度の観劇で理解できる、ストーリーの面白い作品を目指す
上田が作品創りで最も大切にしているのは“ストーリーの面白さ”。宝塚歌劇団入団前に「作品のストーリーが面白かったから、宝塚歌劇を面白いと思えた」という経験があるからだ。
「出演者を素敵だと思えるのも、その話自体を理解できてこそだと思います。特定の出演者のファンでなくても楽しめるもの、宝塚歌劇を初めて観る方でもその物語にどういう人物が登場し、どういう人間関係だったかを一度で理解できるものにしたいと思っています」。
作品を創り上げるにはどのような過程を辿るのかという問いに、「主人公の抱える問題がこれである、ということを最初にお客様に提示し、それを主人公がどう解決するのか、どんな行動に移すのか。行動するとどのように変化するのか。そして最終的に成功するのか破滅するのか。それらに当てはめていけば、自ずとストーリーが動き出します」と笑顔で話す姿は、多くの知識と豊かな感性があってこそだ。それらに加え、普遍的なドラマのバイオリズムを大切にしているからこそ、観客は上田作品に自然と心が動かされるのだろう。
感情のうねり、感情の動きを第一に書き始める
上田の作品は、例えば『星逢一夜(ほしあいひとよ)』のような静かでノスタルジックな芝居にも、登場人物たちが烈しい感情を内に秘め、それが表情だけでも伝わってくることが多い。それもそのはず、「脚本を書くときは最初に“感情のうねり”を考えます。『この感情の流れを書くぞ』と思ってからでないと書けません」と上田は話す。“感情のうねり”が、舞台全体に渦巻いているからこそ惹きつけられ、展開から目が離せなくなる。作品創りで意識していることは?という問いに「お客様に共感していただきやすい感情のドラマを描こうと意識しています。お客様が心のどこかに持ってらっしゃる感情を具体化する作業が、私の仕事だと思います」と答えた。
秘めた恋、兄弟愛、友情、師への恩義など、確かに各作品には、時代や設定は違えども観客が深く共感できるドラマ性が備わっている。さらに脚本の推敲を重ねることも重要だと言う。「ここはカットした方がお客様の気分が乗るかな、などと計算もします」。“感情の動き”をより緻密に丁寧に組み立てていく。
演出家 上田久美子の原点と挑戦
幼い頃に読んだ、多くの活字の本が原点
これまでで最も影響を受けたのが、活字の本だと言う。「子どもの頃はひたすら本を読んでいました。漫画はあまり読まなかったですね。少女小説的な『若草物語』から、『三国志』までジャンルを特定せずに読んでいました。最近は泉鏡花の本が好きです」。美しい日本語、物語の説得力なども、本との時間が大きなベースとなっているに違いない。
歌舞伎や文楽など幅広いジャンルに惹かれる
奈良県出身で自宅の近所に能楽堂があり、高校時代に能や狂言に触れたのが舞台との出合いだった。その後大学生になり、友人に誘われてバレエやミュージカルの舞台を鑑賞。「宝塚歌劇もその頃にテレビで見ました。何でも広く浅く、という感じでしたが、やはり好きだったのは歌舞伎や文楽でした。歌舞伎は、例えば親子であっても葛藤の末に斬ってしまう……というような登場人物の烈しい感情の高まりを描いているところが面白いと感じますし、そこが見せ場となっていますよね。宝塚歌劇の舞台にも、そういう“見せ場”がどこか一か所にあるのが理想的だと思います」。
また映画の好みは、ボリウッドと呼ばれるインド映画から、大河内傳次郎や市川雷蔵らが出演している日本映画まで幅広い。「昔の古いチャンバラ系の映画が好き。日本の映画監督では山中貞雄監督が一番好きです」。時代を超えて新鮮な感動を与える作品に惹かれる彼女だからこそ、多くの人の心を揺さぶる物語を紡ぐことができるのだろう。
悲劇以外の新しい分野にも挑戦したい
「今までは悲劇が多かったので、いずれは違うジャンル、ハッピーエンドな作品やハートウォーミングな人間ドラマなどもやりたいです」と話す上田。これまでは観客の涙を静かに誘う、情感溢れる作品で独自の世界観を構築していた。「前々から言っているのですが、いつかSFものもやってみたい。自分の年代を考えてもあまり守りに入らず、しばらくは“攻め”の姿勢でいった方がいいのかな」と、明るい笑顔を浮かべる。
『金色(こんじき)の砂漠』でも、新たな試みに挑戦する上田久美子。古式ゆかしい世界に惹かれてきたからこそ、100年以上続く宝塚歌劇団の伝統と懐の大きさ、その魅力をひしひしと感じている。今後も彼女の、その知識力、構成力、優れた感性とバランス力で、幅広い層に受け入れられる作品創りに挑戦していくことだろう。
上田久美子が手がけた作品
ひたひたと静かに深く迫る感動の波、胸に染み入る美しい台詞、宝塚歌劇ではこれまであまり描かれなかった題材や新たな視点。
上田久美子の作品には練り上げた脚本、美的感覚に優れた演出、役者それぞれの持ち味を活かす座付き演出家としての手腕が光る。
バウ・ロマン
『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』
-衣通姫(そとおりひめ)伝説より-
2013年 月組公演
「古事記」と「日本書紀」に残されている“衣通姫(そとおりひめ)伝説”を題材に、主人公・木梨軽皇子(きなしかるのみこ)、衣通姫、穴穂皇子(あなほのみこ)の兄、弟、妹ゆえの悲しい運命を美しく描き切った。1幕、大和朝廷での気高く優しい木梨軽皇子が、流刑された後の2幕では眼光鋭く野性的になる変貌ぶりも目を引いた。
『翼ある人びと—ブラームスとクララ・シューマン—』
2014年 宙組公演
若き日の音楽家ヨハネス・ブラームスを主人公に、彼をサポートする作曲家ロベルト・シューマンと、シューマンの妻で美しいピアニストのクララとの複雑な人間模様、芸術家としての葛藤などを、同時代の音楽家やクラシックの名曲を織り交ぜて格調高く描いた。“秋の憂愁”に例えられるブラームスの音楽を象徴するかのように、枯葉舞う冒頭の魅せ方から秀逸で一気に作品世界へ導いた。
ミュージカル・ノスタルジー
『星逢一夜(ほしあいひとよ)』
2015年 雪組公演
宝塚大劇場・東京宝塚劇場デビュー作となった本作は、制作発表で上田が「思い切って虚飾のない日本物の芝居に挑戦いたしました」と語った通り、江戸中期を舞台に、一藩主の子息・天野晴興(紀之介)と、村娘・泉との結ばれることのない愛、そして泉を慈しむ幼なじみの源太との魂の触れ合いを前面に押し出した。
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