演出家 植田景子が語る
Musical『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』の見どころ<前編>
宝塚歌劇団初の女性演出家として1998年にデビュー以来、精緻な美に統一された、心の深層に訴える作品を創り続ける植田景子。花組トップスター明日海りおとタッグを組み、絶大なる支持を得た『ハンナのお花屋さん —Hanna’s Florist—』(2017年)の反響も記憶に新しい彼女が、今作はどのような想いで臨むのか、話を聞いた。
“青い薔薇の精”を主役にした構想のきっかけ
明日海りおの退団公演に携わるにあたり、彼女にどのような役を演じてもらいたいかを第一に考えました。明日海は、花組トップスターに就任以降、洋物から和物、コメディーから悲劇までと幅広い演目をこなしてきた演技巧者ですが、今まで出合わなかった役柄かつ、その人間離れした美しさを存分に表現できるのは、人間ではないキャラクターが良いのではと考え、薔薇の華やかさに憂いを纏わせたイメージの“青い薔薇の精”(エリュ)という役が浮かびました。「青い薔薇」とは自然界には存在しない幻の花であり、人々は長年、この花に対しさまざまなイメージを喚起してきました。現在に至っても青い色素を持つ薔薇の開発や研究が行われていますが、その“impossible(不可能)”という花言葉の、ミステリアスな花をモチーフに、少し翳りのある薔薇の精の物語を創りました。
作品タイトルの『A Fairy Tale』に込めた想い
“A Fairy Tale”は“あるおとぎ話”という意味になります。とかく大人になると“目で見えるもの”に振り回され、“目の前の現実”しか見えなくなりがちですが、そんな大人たちに、子供のころに出合ったどこか温かく懐かしいおとぎ話、夢や想像の世界と戯れる心、そしてそれらを読み聞かせてくれた人とのことを思い出してほしいという願いも込めております。デジタル化が進んだ今こそ、人間が忘れてはならない、創造性や感受性の大切さを再確認する時ではないでしょうか。作品の登場人物・華優希演じるシャーロットや柚香光扮するハーヴィーにとって、エリュはどのような存在であったのか、また、展開する事象は現実なのか、誰かの夢の物語なのか…。今作では、作品をご覧いただくお客様自身の想像力で自由に物語をお楽しみいただける余白を残したいと考えています。
物語の背景について
舞台となるのは、私が長年興味を持っていました19世紀半ばのヴィクトリア朝、いわば、英国がもっとも英国らしい、今の英国の礎となったとされる時代です。当時、産業革命後のイギリスは、世界に名だたる大英帝国として繁栄を極め、科学がどんどん進歩していきました。その反面、急激な進歩の裏に負の部分が存在するのは歴史の常で、自然は破壊され、さまざまな社会問題も起こっていきます。人々が、太古の昔から自然と共生し、自然の中で生かされていると気付くことは、地球温暖化の進む現代の私たちにとっても重要なことです。そういったモチーフが、薔薇の精たち自然界の精霊たちの物語として描かれます。
衣装などビジュアル面で意識したこと
特に、オリジナリティーにこだわっています。エリュをはじめとする精霊たちは、ファンタジーだからこそ、精霊や妖精の既成の概念に捉われず、自由な発想で創っています。例えば、エリュは、ブルーのグラデーションがかかったヘアスタイル、透明感のあるナチュラルなメイクにして、現代的な感覚を意識しました。人間の役では時代考証が必要ですが、精霊はタイムレスな存在ですから、今回の作品独自の世界観を表現したいですね。明日海自身も、化粧や鬘などいろいろと工夫をしてくれているので、楽しみにしていただきたいです。
舞台セットについて
作中では、大きく3つの世界が登場します。まず、エリュと彼の仲間が住む“Misty Land(霧の世界)”という霧に閉ざされた世界、そこは、青い薔薇しか咲かない枯れ果てた庭です。そして、かつて美しい薔薇が咲き誇っていた“Flowering Garden(想い出の庭)”と、“The Victorian London(大都会ロンドン)”と呼ばれる現実の世界。これらを抽象的に表現するために、ラストシーンまでは、極力シンボリックでシンプルなセットにしています。そして、ラストシーンは特に印象的な場面になると思いますのでご期待ください。
楽曲について
作曲を担当いただきます斉藤恒芳先生には、霧の中に漂っているような、ミステリアスで不思議な“青い薔薇の世界”をイメージできる曲をお願いしました。また、エリュとシャーロットに関わる場面では『ハンナのお花屋さん』でもご一緒した瓜生明希葉先生による、心の中から湧き出てくるようなメロディーが胸を打ちます。そして物語の核となる、作品全体を包み込む大きなテーマ曲を、𠮷田優子先生に創っていただきました。どの楽曲も本当に素晴らしく、ぜひ、音楽的な面からもお楽しみいただきたく思っています。
※𠮷田優子の「𠮷」は、ご利用の環境により「𠮷(つちよし)」の字が表示できない場合がございます。正しくは「土」の下に「口」です。
Musical『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、明日海りおら出演者や、花組の魅力を中心に話を聞いた。
花組トップスター・明日海りおの魅力について
下級生の頃から、ソフトで穏やかな空気を纏っているのですが、いざ稽古場や舞台でパフォーマンスをすると、内に秘めていたエネルギーが一気に光り出す印象がありました。宝塚に対するパッションや、芸への厳しさ、自分に負けない強さを持った人ですね。
2013年に月組から組替えになり“ダンスの花組”を牽引する蘭寿とむ・蘭乃はなのトップコンビの下で、技術面でもさらにブラッシュアップしたと感じます。決して「頑張っています」というところは見せないけれど、常に自らに課題を課し、高い目標に向かって日々努力を重ねる彼女だからこそ、今これだけ実力と魅力のあるトップスターとなり、輝きを放っているのだと思います。
明日海が演じる、薔薇の精エリュ役について
フランス語で“選ばれしもの”という意味を持つエリュは、精霊のなかでも最も高貴で優れた存在であるが故に、少し高慢なところがあります。薔薇は育てるのに非常に手間が掛かる植物ですが、エリュも繊細で扱いにくく、プライドや周りへの要求が高いタイプ(笑)。しかし、シャーロットと出会うことで、そんな彼にある変化をもたらします。人間ならぬ想像の産物の役ですから、演じ手にとっては心の動きなどを考えるのは難しく、ハードルが高いと思いますが、明日海なら、彼女なりの解釈で役を膨らませてくれると思っています。
シャーロット・ウィールドンを演じる華優希について
華とは今回が初めての仕事になるのですが、以前から、心のある芝居ができる人だと感じていました。そんな彼女に、ひとりの女性の「一生」を演じてもらいます。稽古を見ておりますと、明日海との呼吸が非常に合っていて、自然な演技ができています。言われたことをどんどん吸収しながら、明日海の芝居を真っ直ぐに受け止め、付いていっているところが、薔薇の精を慕うシャーロットという人物にリンクし、無理のない芝居になっているところが良いですね。
彼女は外面の可愛さだけではなく、本当に心根が素直で、何事にも一生懸命です。そのひたむきさ、素直さが周りの人に“愛しい”という気持ちを抱かせる、人間的な魅力を感じます。今回は“芝居で魅せる華優希”をどこまで引き出せるか、という点が、私自身にとってもチャレンジであり、とても楽しみです。
ハーヴィー・ロックウッドを演じる柚香光について
柚香は人を惹き付ける華やオーラといったスター性に加え、身体で物語を表現することができる人ですね。『愛と革命の詩(うた)-アンドレア・シェニエ-』(2013年)のAngel Black(黒い天使)役でも、言葉にならない感情が身体からほとばしり、彼女が動くと目が離せなくなる魅力がありました。また、『近松・恋の道行』(2012年)のラストシーンでは、黒子の所作まで目を惹きつけるものがあり、振り付けの先生の細かい動きのニュアンスをキャッチする力に驚かされました(笑)。
次期花組トップスターに就任が決まり、今はますます引き出しを増やしていく時期にあります。これまでの主演作では個性の強い役どころを演じることが多かったように思いますが、今回演じるハーヴィーはエリュとは対極の、ごく普通のニュートラルな人間です。明日海との芝居のキャッチボールのなかで、ハーヴィーがどのように変わっていくのか。リアリティーを持って、心のひだが動いていくさまを表現しなくてはなりませんので、丁寧に創りあげてほしいですね。
その他の花組出演者について
瀬戸かずやはヴィッカーズ商会の2代目社長、オズワルド・ヴィッカーズ役を演じます。いわゆる悪役ですが、社員たちに働けと発破をかけ、“Make a Deal”という金儲け第一という男役たちのナンバーも率いてもらいます。彼女の男役としての魅力やその貫禄を、存分に出してほしいです。
水美舞斗は、城妃美伶演じるフローレンス・ウィールドン夫人に片思いをしている庭師ニック・ロックウッド役です。秘めた愛を伝えるためにも、一層“大人の男度”を深めてもらいたいですね。作品のテーマ“花と人とを繋ぐ想い”という重要な部分の表現が求められるこの役を、水美がどう演じてくれるか、成長を期待したいです。
作品を創作するうえで、特に意識していること
やはり“美しさ”ですね。世の中には人間のリアルな部分を描く演劇はたくさんありますが、宝塚は「世の中に真に美しいものが存在する」と信じさせてくれる場所であるべきだと思っています。逆説的になりますが、そのためには人間の裏側も描かなければなりません。リアリティーを描いたうえで、最後には“愛”や“救い”をお客様が心から感じてくださると嬉しいですね。宝塚歌劇団を卒業する時は、みんな「こんなに温かく、愛に満ちたところはない」と言って去っていきます。恐らく、花園で育まれた女性の集団だからこそ、舞台で醸し出せる美しさ、品の良さがあるのだと思います。研ぎ澄まされた美は、人に感動を与えます。そういう舞台芸術を生み出したいという想いで創作しています。
最後に、お客様へメッセージを
明日海は、トップスターとして花組を率いた5年の間にもさまざまな経験をしてきたことと思いますが、今、その積み重ねの頂点に来て、充実感に満ちたベストな時期であると、稽古場の雰囲気から伝わってきます。彼女がみんなと共に築いてきた、今の花組のチームワーク、空気感の良さに、素直に“素敵だな”と感じさせられますね。この作品が明日海りおの集大成となるよう皆さまから高く期待されていると思いますが、その想いにお応え出来るよう、クオリティーの高い作品を目指して、私も全力で頑張ってまいります!
【プロフィール】
植田 景子
奈良県出身。1994年、宝塚歌劇団入団。1998年、『ICARUS〜追憶の薔薇を求めて〜』(雪組)で宝塚歌劇団初の女性演出家としてデビュー。2000年、悲劇のバイエルン国王を主人公にした幻想的な作品『〜夢と孤独の果てに〜ルートヴィヒII世』(花組)で宝塚大劇場デビュー。『シニョール ドン・ファン』(2003年月組)などを手掛けた後、2003年、文化庁新進芸術家海外研修制度により、植田自身が心の師と仰ぐジョン・ノイマイヤー氏率いるハンブルクバレエ団とロンドンに留学。2011年、『クラシコ・イタリアーノ-最高の男の仕立て方-』(宙組)の脚本・演出が評価され、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。
世界的文学作品のミュージカル化などで複雑な心理描写を得意とする一方『ハンナのお花屋さん —Hanna’s Florist—』(2017年花組)のような、あらゆる人の心に寄り添う温かな作風でも高評価を得ている。再演を重ねるほど好評を博した『Anna Karenina(アンナ・カレーニナ)』(2001年雪組、2008年星組、2019年月組)や『THE LAST PARTY ~S.Fitzgerald's last day~フィッツジェラルド最後の一日』(2004年宙組、2004年月組、2006年宙組、2006年月組、2018年月組)も、植田の代表作のひとつ。
2010年に自伝的エッセイ「Can you Dream?-夢を生きる-」を発表、2018年度エイボン女性年度賞芸術賞を受賞するなど、外部からも熱い視線を注がれる演出家である。