演出家 稲葉太地が語る
レヴューロマン『シャルム!』の見どころ<前編>
宝塚歌劇の伝統を踏襲した華麗なレヴューから、独創的な世界を醸し出すショーまで、巧みに手掛ける演出家・稲葉太地。かねてから縁のあった明日海りおの退団公演で、彼女の魅力を余すところなく堪能できるレヴューの制作に奮闘している。スターの個性を、大切にそして的確に引き出す稲葉に、今作や、花組の魅力についてたっぷりと聞いた。
作品タイトルについて
男役としてただ魅力的であるだけではなく、妖しさや、いい意味での毒気のようなものを持っているところが、明日海りおの魅力ではないかと思っています。“シャルム”はフランス語で“魅力”“色香”“魔法”“呪文”などを表すのですが、幅広い意味を持つこの言葉を、今作のタイトルにしました。トップスター・明日海りおが率いる、今の花組の輝きを詰め込んだ作品にしたいと思っています。
作品の舞台・パリの地下都市について
パリは石造りの街並みですが、その石は地下から切り出されたため、街の直下には地下都市が存在しています。現在入ることが許されているのは“カタコンブ”という地下墓地だけなのですが、1980年代までは“カタフィル”と呼ばれる地下愛好家たちが、壁に葛飾北斎やクリムトの絵画を模写したり、秘密のパーティーを開いたりしていたというのを知って、大変興味を惹かれました。実際にパリのカタコンブを訪れた時にも、とても刺激を受けましたね。いつか地下都市をテーマにしたレヴューを創ってみたいと思っていたところ、今回、明日海主演のレヴューで生かせる題材だと考えました。
作品の見どころ
明日海の宝塚最後のレヴューなので、彼女の「七変化」が見どころのひとつです。プロローグはオーソドックスなレヴュースタイルですが、明日海の背中に黒い羽根が広がるというゴージャスな演出を考えています。プロローグのなかのワンシーンで、とても素敵ですので楽しみにしていてください。実は、この演出は『宝塚幻想曲(タカラヅカ ファンタジア)』(2015年)での、白い羽根扇を用いたシーンと対になっています。『宝塚幻想曲』は、明日海が花組トップスターになって初のレヴューであり、台湾でも上演されるということで、「明日海の背中に翼を広げて海を越えよう!」という意味を込めていました。また、前作は新生花組の若いパワーを打ち出しましたが、今作は全体的に成熟した大人のイメージで創作していますので、前作をご覧いただいたお客様は、その対比にもご注目ください。
シーン展開について
プロローグのあとは、男役がスーツで踊る場面を用意しています。大人っぽいタンゴで、明日海と柚香光をはじめとした男役同士の絡みも盛り込み、妖しい雰囲気を醸し出せたらと思っています。
中詰めは地下墓地“カタコンブ”で開かれる夜会のイメージです。ガイコツが甦って娘役とカンカンを踊るところから夜会が始まり、有名なクラシックの楽曲を現代風にアレンジした格好良いシーンへと繋げていきます。男役は肩掛けマントの軍服スタイル、娘役はシャンパンゴールドのロマンティック・チュチュと、クラシカルなタカラヅカをお楽しみいただきたいですね。明日海の軍服姿も久しぶりですし、フォーマルに決まる格好良さという意味で、燕尾服とはまた違った煌びやかさもお見せします。
そして、フィナーレに向けての最後は、花組全員が出演し、地下から光を目指すというシーンになります。パリは昔、海だったという歴史も化石などから判明していますが、光溢れる海に辿り着くという設定は、もちろん…明日“海”ですからね(笑)。
フィナーレの目玉となる場面について
やはり大階段を使った男役の黒燕尾の群舞でしょうか。ここはANJU先生(元花組トップスター・安寿ミラさん)が、「愛遥かに」というカンツォーネの名曲に乗せた群舞を、こだわりを持って振り付けてくださいました。黒燕尾と言えば、『宝塚幻想曲』では「さくら幻想曲」というかなり激しく踊る黒燕尾に挑戦してもらったのですが、今回は抑えた動きで見せる男役の美学をご堪能いただきたいです。
レヴューロマン『シャルム!』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、明日海りおら出演者や、花組の魅力を中心に話を聞いた。
花組トップスター・明日海りおについて
彼女は稽古場からとにかく進化し続ける人ですね。本番を迎えたら、今度はお客様からいただいた力を、さらに自分の力に変えていく。その様子にはいつも驚かされます。さり気ないしぐささえ格好良く決まる素晴らしい男役ですが、それは彼女があらゆることを日々研究し、突き詰めてきた結果でしょう。さらに芝居巧者ですから、レヴュー作品でも歌や踊りに芝居的な動機付けをして、深いところまで表現してくれますね。昨年『Delight Holiday』で久々に組んだ時も、かつて出演した作品の主題歌を歌うと、全て声が違って聞こえるほどでした。今回も様々に変化する明日海をご覧いただきたいと思います。
今作で引き出したい明日海りおの魅力
ずばり“黒みりお(みりお=明日海の愛称)”です!(笑) 私は、美貌の奥に一筋縄ではいかない悪の香りを醸し出す明日海のことを“黒みりお”と呼んでいるのですが(笑)、これは彼女が男役を追究していくなかで身につけた魅力なのではないでしょうか。「ついて行ったら危険なのでは」と思わせるところに、とても惹かれますね。明日海には随所で、華やかさの中に、セクシーかつ少し悪い雰囲気を混ぜ込んでもらいます。
明日海自身、とても楽しんでくれていますし、1幕と2幕の世界観が全く違うというのが、私が感じてきた宝塚歌劇の醍醐味のひとつでもありますので、1幕で精霊のお芝居を満喫していただいたお客様に、「こんな魅力もあるんですよ」というものをドン!と幕開きから提示したいと思っています。
明日海の退団公演で、特に意識したこと
私は彼女の節目で一緒になる機会が多く、男役に懸ける想いを間近で見てきました。だからこそ、自分の中にある明日海りお像というものを追いかけ、あえて退団公演と意識しすぎずに創っています。彼女がこれまで男役として追究してきたものをしっかりと表現することが、花組の頂点にいる明日海りおというスターを見送るにはふさわしい形だと思いました。
ただ、明日海が黒燕尾の群舞の後、「CHE SARA(ケ・サラ)」という楽曲を歌う場面では、お客様も退団を実感されるのではないでしょうか。明日海もとても好きな曲だそうで、オペラユニット・THE LEGEND(ザ・レジェンド)さんの日本語訳詞を使わせていただきました。タカラヅカを去って行く明日海の心に添うような、大変素晴らしい歌詞です。どうか明日海の渾身の歌を心に留めてください。
新・花組トップ娘役の華優希の魅力と、今作に期待すること
誰もが認める可愛さはもちろん、稽古場でアドバイスをした後にしっかりと修正してくるところなど、芯の強さを感じます。これはトップ娘役としての大きな強みと言えますね。芝居心のある華には、今回“フルフル”という通し役を与えました。“衣擦れの音”という意味のフルフルは、レヴューの冒頭から地下の案内人となり、若者たちを地下へ誘います。他に、柚香光がレジスタンスに扮する場面では、地上で待つ恋人役を演じてもらいます。明日海とのデュエットダンスは、黒燕尾の群舞の前に用意しました。今作で退団する花組を支えてきた娘役たち、芽吹幸奈、白姫あかり、乙羽映見、城妃美伶と明日海が踊った後、最後に華と出会う、という流れです。プロローグや中詰めでもトップコンビの絡みがありますので、どうぞ楽しみにしていてください。
柚香光の魅力と、今作に期待すること
私が感じる彼女の男役としての一番の魅力は、少し不良っぽい部分ですね(笑)。そこがキュートに表出されるところに、ファンの皆さまは母性本能をくすぐられ、目が離せなくなるのではないでしょうか。
今作では明日海と踊るタンゴの場面で、色っぽい魅力を振りまいてくれています。さらに戦いに生きるレジスタンスの闘士役で、場面を担ってもらいます。柚香はダンスが卓越していて、ストリート系の踊りが特に似合いますが、今回はあえてタカラヅカレヴューの正統派男役というところでの勝負になります。
明日海のもとで男役としていろいろなものを身に付けてきた柚香が、明日海を送り出す公演でさらにどれだけ花を咲かせるか、大いに期待しています。
瀬戸かずやや水美舞斗の魅力と、今作に期待すること
瀬戸とは入団時期が近く、共に切磋琢磨してきたこともあり、とても心強い存在です。大人の男の包容力と、愛嬌の両方を備えたスターである彼女に、今作ではコミカルなところも出してもらおうと思います。彼女がメインとなる、プロローグ後の地下の妖しいキャバレーの場面で、キャバレーの支配人として、格好良く面白く演じてほしいですね。
水美は太陽のような明るさが持ち味ですが、最近は男役の陰の部分も開拓しているのを感じます。昨年の主演作『Senhor CRUZEIRO(セニョール クルゼイロ)!』では、彼女の作品に懸けるエネルギーが頼もしくもありました。成長著しい水美には、“エスポワール(希望)”という場面で、コンテンポラリー的な心情を表現するダンスを踊ってもらいます。
明日海が率いる今の花組の印象について
ここ数年の花組は安定期を通り越して、絶頂期がずっと続いているように感じます(笑)。男役も娘役も何が自分の魅力なのか、どういう役割を担っているのかを常に考え、実行しています。下級生に至るまで自分をしっかりアピールしつつ、時には華を添えるという柔軟性もあって、ショーの演出家として安心感があります。黒燕尾でのダンスシーンにしても、一人ひとりの“色”が出ているのも面白いですね。明日海の影響で、みんなが歌やダンスを芝居的に捉え、表現できることも大きな特長で、今の花組は大変充実しているなと感じます。
お客様へのメッセージ
明日海の退団公演ということで、皆さまは様々な想いでご覧になると思います。宝塚歌劇でしか表現できない、夢の世界の中で時を忘れていただけるレヴューを目指し、各場面で趣向を凝らしました。品格を大切に毎公演創作しておりますが、格別の“品”を感じさせるスターである明日海の魅力、そして花組の勢いを詰め込みました。どうぞ、存分にお楽しみください!
【プロフィール】
稲葉 太地
静岡県出身。2000年宝塚歌劇団入団。2006年『Appartement Cinéma』(花組)で演出家デビュー。2009年に『SAUDADE(サウダージ)』(月組)で詩的な芝居の要素も取り混ぜて構成した自身初のショー作品を手掛ける。『Carnevale(カルネヴァーレ) 睡夢(すいむ)』(2010年雪組)で宝塚大劇場デビュー。その後『ルナロッサ』(2011年宙組)、『Celebrity』(2012年星組)はじめ、多彩なショーやレヴューを次々に発表。2015年には第二回宝塚歌劇団 台湾公演で『宝塚幻想曲(タカラヅカ ファンタジア)』(花組)を担当し、『Greatest HITS!』(2016年雪組)、『カルーセル輪舞曲(ロンド)』(2017年月組)、『クラシカル ビジュー』(2017年宙組)など、意欲作を演出。2018年には、ストーリー仕立てのショーとラテングルーヴの2部から成る『Senhor CRUZEIRO(セニョール クルゼイロ)!』(花組)と、宝塚歌劇初の舞浜アンフィシアター公演『Delight Holiday』(花組)で、新たな試みにも挑戦。演者の個性と実力を最大限に活かす手腕に定評があり、高い美意識に裏打ちされたダイナミックな作品作りで、宝塚歌劇の可能性を広げている。