演出家 大野拓史が語る
宝塚ミュージカル・ロマン 『El Japón(エル ハポン) -イスパニアのサムライ-』の見どころ<前編>
2008年の宝塚大劇場デビュー以来、洋の東西を問わず幅広い題材から、名作を生み出してきた演出家・大野拓史。昨年は宙組で日本物レヴューを発表し、新たな才能を見せた彼が、熟知した宙組の個性を大いに活かした娯楽作品を手掛ける。
慶長遣欧使節団を取り上げようと思った経緯
今回、宙組公演のお芝居を担当するにあたって、最初に日本人を主人公にした作品にすることだけが決まっていて、そこから戦国時代を扱った活劇や、万葉物の系統で遣唐使など、さまざまなパターンを考えました。その中から、日本人が外国に、しかも中国ではなくヨーロッパに行く話が、お客様に新鮮さを感じていただける作品になるのではないか、という発想で創作を始めました。
スペインに存在するハポン姓を題材にしたきっかけ
今上天皇が皇太子時代にスペインを訪問された時に、日本人の末裔といわれるハポン姓の方々とお会いになった、というニュースがありました。それが記憶に残っていたことが、使節団とハポン姓の繋がりを題材に選んだ理由のひとつです。仙台や石巻では今も交流が続いているので、ご存知の方も多いと思いますが、ハポン姓についてご存知ない方に知っていただく機会にもなれば嬉しいですね。ただ、史実を正確に辿るのではなく、宝塚歌劇らしいエンターテインメント作品として成立させるために、オリジナルの設定を盛り込んでいます。
主人公・蒲田治道について
彼を主人公にしたのは、“生き延びた人間が生きる意味を見出していく話”を描きたいと考えたからです。『阿弖流為-ATERUI-』(2017年星組)を担当した際に、宮城や岩手へ取材に行き、そこで“和賀兵乱”と呼ばれる、岩崎一揆の史料に触れたことも大きいですね。仙台藩に扇動された和賀忠親が南部藩に対して起こした反乱で、多くの人々が悲劇的な運命を辿っているのですが、あまり知られていない歴史だと思います。史実としてはその反乱で、治道は忠親とともに自害したとされているのですが、もともと彼は伊達家から和賀に派遣された人物ですので、伊達家に仕えていた治道が、仙台藩の領地に戻った後で和賀に殉死するというのはちょっと違和感がある。それに、彼のお墓が後世に建てられたものだということもあり、生き延びていた可能性を創りだす余地があるなと考えました。
その他の登場人物について
作品の中にスペインに連れて来られた日本人奴隷が出てきますが、当時、実際に日本から売られていった奴隷が多くいたという資料が残っています。戦国期に負けた大名の旧領、主に九州の女性が多かったようですね。しかし、全員が悲劇的な人生を送ったとも言えず、奴隷として売られた女性が、運命に流されながらも自由民になり、更には結婚して財産を継ぎ女主人になったという記録も残っています。男性だけでなく、時代を逞しく生き抜いた女性の姿も、この作品で描きたいと思っています。
宝塚ミュージカル・ロマン 『El Japón(エル ハポン) -イスパニアのサムライ-』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、真風涼帆ら出演者や、宙組の魅力を中心に話を聞いた。
蒲田治道を演じる宙組トップスター・真風涼帆について
昨年、『白鷺(しらさぎ)の城(しろ)』を演出させていただいた時に、陰陽師や中国の皇帝など、私自身が真風で見てみたいと思っていた扮装をしてもらいました。そこで、今回は役者として彼女に表現してほしいキャラクターを考えました。治道は悲劇的な背景を持った人物ですが、私は真風の苦悩をたたえた表情が好きなので(笑)、懊悩したり、人を案じたり、憐憫の情をかけたりと、心がうつろうさまを存分に見せてほしいですね。彼女は華やかで大きさを感じさせる芝居が印象的ですが、大人物の下で控えているような、耐える役も非常に魅力的に演じることができると思いますので、そういった一面を生かした役づくりにも期待しています。
物語の舞台となる17世紀初めのイスパニア(スペイン)には、銃士や傭兵も多かった時代で、物事の価値を決める基準のひとつに“強さ”もあったのではないかと思います。治道もまた、サムライで剣の達人でもありますから、立ち回りシーンでの格好良い真風もお見せしたいですね。
カタリナを演じる宙組トップ娘役・星風まどかについて
実は今作では、私の好きなマカロニウエスタン的なものをやりたいと考えておりまして(笑)、ポスターも意識したものに仕上がっています。悪に虐げられながらも健気に生きている女性が、たまたま通り掛かる主人公に助けられるという構図は、マカロニウエスタンの定番のひとつです。星風演じるカタリナも、綺麗なだけのお嬢さんというよりは、いろいろなものを背負いながらも強く生きている未亡人です。『白鷺の城』では、艶やかな場面の中に力強さを見せてくれた星風ですが、今回はスペイン人らしい、土の匂いのするような、生命力が感じられる強さを出してもらおうと思っています。
アレハンドロを演じる芹香斗亜について
アレハンドロもマカロニウエスタンに登場するような役どころで、主人公と近しい理屈で生きていて、互いにどこか共感できる部分を持つ人物です。芹香には、台本で描かれたままを演じるというよりは、彼女自身が見せたいと思う形で演じてもらいたいですね。そのために挑戦したいことがあれば、最大限、尊重するつもりです。常にもう一段階膨らませようとする努力を怠らない彼女ですから、“芹香が演じるアレハンドロ”をつくりあげてくれると期待しています。今回はスター・芹香斗亜として、どのようにセルフプロデュースをしてくれるのか、注目したいと思います。
その他にも、桜木みなとら個性豊かな顔ぶれが揃っています
急成長中のスターのひとりで、華やかな魅力も持つ桜木が演じる、エリアスは主人公と敵対することになる役です。彼女には今よりもさらに一歩踏み出して、理屈を超えたところで、役の恐ろしさをお客様に肌で感じていただける芝居を見せてほしいですね。
宙組は全体的にとても真面目で、演技の技術も高いと感じます。それぞれが高いレベルにいますが、さらに飛躍できる伸び代を持った組ですから、可能性を大きく広げて、素晴らしいカンパニーに成長してほしいですね。そのためにも、一人ひとりの個性が埋もれない、生命感溢れる作品になるよう努めたいと思っています。
最後に、お客様にメッセージを
今回、私自身も楽しもうと思いながらつくっています。出演者たちにも、物語における役割に凝り固まりすぎることなく、自分が見せたいものを大切に演じてもらいたいですね。その上で、みんなが自分の演じるキャラクターをきちんと成立させられる作品、たとえるなら、オールスターキャスト映画のような作品を目指しています。
オリジナル作品ですので、座付き作家として出演者の個性を伸ばす作品をお届けすることが、私の務めだと思っております。お客様も、これから注目していきたいスターを発掘するような気持ちでご覧いただけたらと思います。どうぞ、楽しみにしていてください。
【プロフィール】
大野 拓史
東京都出身。1996年宝塚歌劇団入団。1999年宝塚バウホール公演『エピファニー』-「十二夜」より-(星組)で演出家デビュー。2008年には、源氏物語「宇治十帖」を宝塚歌劇らしい華やぎと爽やかさで描いた『夢の浮橋』(月組)で宝塚大劇場デビュー。その後、2009年『ロシアン・ブルー』-魔女への鉄槌-(雪組)、2012年『エドワード8世』-王冠を賭けた恋-(月組)などモダンな感覚の作品を発表する。一方で日本物の作品も積極的に手掛けており、天下の傾奇者として名を馳せた男の生き様を描いた2014年『一夢庵風流記 前田慶次』(雪組)、戦国乱世を駆け抜けた英雄の生涯をロック・ミュージカルとして情動的に綴った2016年『NOBUNAGA<信長>-下天の夢-』(月組)など、佳作を生み出し続けている。真風涼帆トップスター就任後の宙組演出は、2018年の日本物レヴュー『白鷺(しらさぎ)の城(しろ)』に続き、今作が2作目となる。