演出家 小池修一郎が語る
ミュージカル『ONCE UPON A TIME IN AMERICA(ワンス アポン ア タイム イン アメリカ)』の見どころ<前編>
数々のヒット作を生み出し続け、宝塚歌劇のみならず、日本のミュージカル界を牽引する小池修一郎。今回、映画史に名高い「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」世界初のミュージカル化が、雪組トップスター・望海風斗という無二の役者とのタッグによって実現する。小池の今作にかける意気込みを聞いた。
原作映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の魅力とは?
世界的に有名なセルジオ・レオーネ監督による雰囲気のある演出や、役者たちの演技といったものに、以前からとても魅せられていました。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は初回劇場公開されたもの以外にも、4時間弱の完全版や、4時間を超えるエクステンデッド版などがあります。それぞれ初回劇場公開版でカットされた部分が付け足される等されていますが、いまなおストーリーの繋がりに疑問の残る部分も見受けられます。それゆえに、ミステリアスで、かつ中毒性を持つ作品になり得ているのではないでしょうか。
そして、この作品に登場するキャラクターたちの、運、不運を受け入れる生き方が、普遍的な魅力に繋がっているのだと思います。作品の背景になっているアメリカという国、1920年代から60年代という時代、人種といった、個人ではどうしようもできない要因も含め、“良いことも悪いこともすべてが集積されて、それぞれの人生がつくりあげられていく”ということを強く感じます。こう感じるのは、私が年齢を重ねたからかもしれませんね(笑)。
宝塚歌劇での上演にあたって
あらためて、難しさを実感しています。一つには、宝塚では一本物の場合、フィナーレを除いて2時間10分程度に収める必要があります。トピックとなる場面を繋ぎ合わせて、それなりに見せることはできますが、今回は、映画と設定を変えたり、曖昧になっている部分に独自の解釈を加えたりしています。
もう一つは、この作品を支える要素、つまり、人生の皮肉や悲哀、因果も描くという点です。宝塚ではある種の挑戦かもしれません。どうしても“人生の苦味”を描くことになりますし、ギャングが主人公なので、倫理的に“清く正しく美しく”ない場面もありますから(笑)。ただ、男役を魅力的に表現するということでは、渋みと格好良さを存分に感じていただけると思いますので、ご期待ください。
制作発表会でも「人生のアイロニー」がポイントに挙がっていました
これは映画の中の話に限りませんが、誰しも人生において重大な選択を迫られることがあります。例えば、家庭を取るか、キャリアを取るか、というような。女性であれば、出産も人生の大きな岐路でしょう。そのときの選択によって、成功を手にした人と、思い描くとおりにならなかった人がいたとします。しかし、後者が、すなわち不幸なのかといえば、必ずしもそうではないと思うのです。つまり、キャリアを選んだ人が、運に恵まれて富と名声を得ても、生活に潤いのない人生になることもあるでしょう。逆に運がなくて、理想の出世は叶わなくとも穏やかな家庭を築き、幸せな人生を送る人もいる。不運と不幸は違うし、幸運と幸福も違いますよね。今作でいえば、望海風斗演じるヌードルスと、彩風咲奈演じるマックスは、ある事件──これは社会的な事件というわけではなく、彼らにとっての大きな出来事という意味ですが、それをめぐって進むのか、留まるのかの選択をします。結果、ヌードルスは後悔を抱えながらも、どこかでささやかな幸せを得ているのではないかと感じる部分もありますので、そのあたりも浮かび上がらせることができたらと考えています。
時代や世界が違っても通じるものがありますね
そうですね。人生のアイロニーといえば、ヌードルスやマックスたちの運命を大きく動かすことになる、今作では彩凪翔が演じるジミーの社会活動もその一つです。彼にはモデルとなる実在の人物がいると考えられていて、その一人が全米トラック運転手組合の委員長を務めたジミー・ホッファです。アメリカの職能別組合は、実際にその業界の現場の人間が手を取り合ってつくるもので、組合員の給料からお金を徴収して、退職後に年金として支払うのが大きな機能の一つになっています。では、集めたお金をいかにして利殖していたのか。実はマフィアに貸し付けていました。組合の権利を守る活動のために、ヌードルスたちのようなマフィアと癒着していたのですが、ホッファの最期はマフィアによって消されたという説もありますから、なんとも皮肉ですよね。さらに、マフィアに流れたトラック運転手たちの金がラスベガスをつくったという、日本人からすると理解を超えたストーリーはとてもアメリカ的だと思います。
ミュージカル『ONCE UPON A TIME IN AMERICA(ワンス アポン ア タイム イン アメリカ)』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、望海風斗ら出演者や、雪組の魅力を中心に話を聞いた。
ヌードルス役を演じる雪組トップスター・望海風斗について
申し分のないキャリアを積んできた望海は、実力と魅力を兼ね備え、押しも押されもせぬトップスターです。舞台人の輝き方には様々ありますが、今回彼女に求めているのは、ダイヤモンドのような眩しい光ではなく、いぶし銀のような深い輝きです。望海なら出せると思いますし、またそういう光を出してくれるだろう彼女を想定して、脚本をつくり、演出をしています。
望海は以前にも『アル・カポネ —スカーフェイスに秘められた真実—』(2015年雪組)のアル・カポネ役で、マフィアを演じたことがありましたね。桁外れのマフィアのボスであるカポネに比べたら、架空の人物ではありますが、ヌードルスの方がリアリティーはあるのではないでしょうか。いわば“小市民”として人生を終えていくヌードルスの、ビターチョコレートのようなほろ苦さを、お客様に美味しいと思っていただけるかどうかが、彼女にとって勝負だと思います。人生の悲哀をどのように表現して、お客様にどれだけ共感していただけるか、非常に期待しております。
デボラ役を演じる雪組トップ娘役・真彩希帆について
デボラは、女優を目指して成功を収める女性ですが、映画の中では断片的に出るのみで、その人生は推測のレベルでしか描かれていません。しかし、ブロードウェイのスターになり、さらにハリウッドで活躍する、という設定がありますから、その部分は映画から膨らませて描きました。当時のブロードウェイの華やかなレビューシーンもつくりましたので、どうぞ楽しみにしていてください。
演じる真彩自身は、健康的な明るさを持ち、現代的なヒロイン像が似合う人ですね。デボラはとても理論的で、しっかりとした芯があり、目的に向かって着実に進んでいく女性です。しかし、とても複雑な人生を歩む人物でもありますので、真彩が持っている魅力に、湿度といいますか、情緒的な表現を融合させて、女性らしいしなやかな強さを見せてほしいと思っています。
マックス役を演じる彩風咲奈について
マックスは、いわゆる悪(ワル)ですが、大変頭の良い男です。生き残ることに貪欲で、ときには手段を選びませんが、その実、とても計算して生きています。つまり、単に悪いヤツでも、頭の良いヤツでもない。さらに、恋愛においては自暴自棄な面もあり、一見すると分裂した性格に感じられるかもしれませんが、一人の人間の中にある、多面性を表現してもらいたいと思います。
演技派スターである彩風が、この難役をどのように演じるのかが、作品の一つの楽しみでもありますし、友であり、敵のような存在にもなるヌードルスを演じる望海と、舞台の上でいかに互角に向き合って、いかに闘うかも見どころになるでしょう。
ジミー役を演じる彩凪翔について
時代の流れとともに立場を変える難易度の高い役を、彩凪には演じてもらいます。彼女は、これまでは繊細な美少年系の役を与えられることが多かったように思いますが、ビジュアルだけではなく、高度な技術の持ち主ですので、この物語のすべてを動かしていると言ってもいい“トリックスター”的な役割を担ってもらいます。ジミーのような色の濃い個性的な役を演じることで、彼女自身の魅力をもっと引き出せるのではないかと思っています。
キャロル役を演じる朝美絢について
映画とは少し設定を変えて、禁酒法時代に“スピークイージー”と呼ばれ、違法にお酒を売っていたもぐり酒場の歌姫ということにしました。彩風演じるマックスの愛人でもある彼女が、彼を愛するあまりにとった行動が、その後の人生を大きく変えることになります。男役の朝美だからこそ、華やかに光り輝いていた歌姫時代からの変化を、うまく演じてくれることを期待しています。そして、映画のキャロル同様、色気も出してほしいですね。
今の雪組の印象
非常に勢いがあって、とても充実している組だと思います。近年のトップスター、壮一帆さん、早霧せいなさん、そして望海風斗、それぞれが“ファイター”だからでしょうね(笑)。彼女たちは大変前向きで、律儀なところが共通しています。雪組は役づくりに取り組む姿勢にしても、稽古場での在り方にしても、普段から非常にきっちりしている印象があるので、濃厚で緻密な舞台が出来上がるのだと思います。そして、堅実なだけではなく、賑やかで闊達な空気からも、充実ぶりを感じます。
最後に、お客様にメッセージを
今作は、宝塚歌劇の作品としては、少し異色かもしれません。しかし、この作品の主人公を、望海風斗という円熟した男役が演じることで、宝塚で上演する意味が生まれてきます。その点では、望海の存在に集約された作品になりますが、今の雪組は、それを支えるに十分な実力を持っておりますので、味わい深い舞台をお見せできると思います。
宝塚大劇場のお正月公演としては、苦味のある作品ですが、望海率いる雪組、そして男役の新たな魅力を感じていただけると確信しています。寒い季節でございますので、噛めば噛むほど味が出る、滋養と強壮に良いお鍋のように、じっくり深くご堪能いただけましたら幸いです。
プロフィール
小池修一郎
東京都出身。1977年宝塚歌劇団入団。1986年宝塚バウホール公演『ヴァレンチノ』(雪組)で演出家デビュー。1989年『天使の微笑・悪魔の涙』(月組)で宝塚大劇場デビュー。1991年『華麗なるギャツビー』(雪組)で菊田一夫演劇賞を受賞。1992年『PUCK』(月組)のファンタジックな演出が好評を博す(2014年再演)。1996年『エリザベート』(雪組)日本初演で画期的な潤色・演出が高い評価を得、1998年の再演で讀賣演劇大賞優秀演出家賞を受賞。その後再演を重ね、宝塚歌劇の代表作の一つとなる。2006年、作曲家フランク・ワイルドホーン氏とのコラボレーションでも話題となった『NEVER SAY GOODBYE』(宙組)で文部科学大臣賞を受賞。2008年『THE SCARLET PIMPERNEL』(星組)日本初演で讀賣演劇大賞優秀作品賞、菊田一夫演劇賞大賞を受賞(2010年、2017年再演)。2009年『太王四神記』(花組)、『カサブランカ』(宙組)、『エリザベート』、外部公演「キャバレー」の功績により菊田一夫演劇賞大賞を受賞。2010年『ロミオとジュリエット』(星組)の日本初演を手掛ける(2011年、2012年、2013年大劇場で再演)。2011年『オーシャンズ11』(星組)では、原作映画の遊び心溢れる舞台が話題となる(2013年、2019年再演)。2012年『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』(宙組)で、SF作品ならではのダイナミックな世界観が注目を浴びる。2014年に作曲家ジェラール・プレスギュルヴィック氏とコラボレーションした『眠らない男・ナポレオン』(星組)で、ナポレオンの栄光と苦悩を骨太に描く。同年、紫綬褒章を受章。2015年『1789 -バスティーユの恋人たち-』(月組)、2016年に『るろうに剣心』(雪組)、2017年『All for One』(月組)、2018年『ポーの一族』(花組)などでその手腕を発揮。外部公演も数多く手がけ、宝塚歌劇のみならず、現代日本のミュージカル界を代表する演出家として活躍している。