演出家 稲葉太地が語る
ショー グルーヴ『Fashionable Empire』の見どころ<前編>
宝塚歌劇への情熱と、豊かな発想力で珠玉のエンターテインメントを生み出す演出家・稲葉太地。輝きを増すトップスター・柚香光とタッグを組む、スタイリッシュなショー『Fashionable Empire』にかける意気込みを聞いた。
都会的で洗練された“Empire(帝国)”を!
『Fashionable Empire』の構想を教えてください。
今作は、“選ばれし者”だけが集う帝国を舞台に設定しました。花組は都会的なセンスの光る組ですし、より現代的で、ビートの利いたショーにしたいと思っています。
元々スマートな雰囲気をまとった柚香光も、トップスターに就任して今回で4公演目の大劇場公演となり、大人の余裕を漂わせる“遊び感”のある男役に成長しているので、洗練されたショーに仕上がるのではないでしょうか。
幕開きはどのようなシーンでしょうか?
水美舞斗が永久輝せあを帝国へと誘い込む…という場面から始まります。大都会に現れた帝国の門が開かれると、玉座に座った帝王・柚香が登場します。いつものショーとは少し趣の違う登場の仕方をするので楽しみにしていてください。
そこから、レザーの衣装を着た男女が歌い踊る、エネルギッシュなオープニングへと展開します。
印象的な始まりの後はどんな場面が待っていますか?
星風まどかが演じる少女が、帝国で開催されるファッションショーで、憧れのトップモデルに変身を遂げるという、お伽噺のような少しコミカルな場面です。永久輝がデザイナーに扮します。
そのファッションショーを見に来ていた聖乃あすかが次の扉を開けようとして、専科の高翔みず希さん扮する帝国の案内人・バロンに止められます。「ダメ」と言われると進みたくなるのが人間の性ですよね(笑)。聖乃が辿り着くラビリンスには、複数の女性をはべらせた柚香がいる、という展開です。
ストーリー仕立てで、ドキドキする展開ですね。
そこに水美が割って入り、柚香と女性を取り合って踊る、妖艶で大人っぽい場面になります。2人が色っぽく踊るこのシーンは、今作の大きな目玉のひとつになると思います。また、今年組長に就任した美風舞良と、今回で退団する音くり寿に“ソプラノ歌合戦”も繰り広げてもらうつもりです(笑)。彼女たちのハーモニーも今の花組にしか出せない魅力だと思いますので、どうぞご期待ください。
中詰めはいかがでしょうか?
都会的でもあり懐かしさも感じられる、20年代スタイルのジャズに乗せた中詰めを考えています。中詰めにも色々な趣向を凝らしていますので、楽しんでいただけると嬉しいですね。
その後、ラインダンスを挟んで、水美を中心としたナンバーになります。虚無感を抱いた男が毎夜クラブに出かけて理想の女性を探し、帆純まひろ扮する美女と出逢います。その美女が、実は人ならざるもので、“1人”の女性が、美羽愛、星空美咲を加えた“3人”になって男を翻弄する、というストーリーです。霧の中で見た悪夢のような、妖しげな空間ができるのではないかと思っています。
続いて、時の流れの儚さ、虚しさを嘆く帝国のエンペラー・柚香のもとに仲間が集まり、ともに手を取り合って、明日を目指して生きようと歌う、花組の力が結集する場面になります。
メッセージ性がある場面ですね。
世の中が一変して2年余りが経ちます。苦境をともに過ごしてきた出演者たちへの、そして、絶え間なく声援を送ってくださるお客様への想いを込めています。
ショーという煌びやかなひと時を楽しんでいただくだけでなく、“今”を切り取ってお見せすることも、私の仕事ではないかと思っていますので、この作品を通して、「一緒に未来に向かって進んでいこう」という願いを共有し、ご覧いただく皆さまに少しでも元気になっていただけたら幸いです。
そして、フィナーレの見どころは?
フィナーレへの導入に、聖乃を中心とした若手18人のダンスシーンをつくりました。激しいダンスを踊ってもらい、その勢いのままフィナーレに入ります。
まず、摩天楼に見立てた大階段で、柚香をはじめとしたコート姿の男女がロックテイストの曲で踊り、柚香と星風のスペシャルなデュエットダンスへと続いていきます。デュエットでは、映画「カサブランカ」の名曲「As Time Goes By」に乗せて、トップコンビの大人っぽい魅力を引き出したいですね。“時の過ぎゆくままに”という曲名のとおり、それぞれの時間を過ごしてきた2人が、出逢うべくして出逢い、互いに信じ合い、想い合っている関係性をご覧いただけると思います。
稲葉先生は花組とは縁がありますね。
確かに縁の深さは感じます。だからこそ、今回もう一歩踏み込み、一層突き詰めれば、これまでとは違う、より深いところからのエネルギーが出るのではないかと、出演者のみんなと探りながら稽古しています。
さらに、今回の稽古場では“出演者自身がつくる”ことを大切にしています。例えばファッションショーの場面では下級生の一人ひとりにも役を付け、キャラクターづくりを各々に任せています。また、オープニングの最後に柚香、水美、永久輝の3人が銀橋に残るのですが、あえて振りを付けず彼女たちに自由に動いてもらう予定です。公演ごとにみんながどのようなものを見せてくれるのか、私もとても楽しみですし、お客様にも注目していただける場面になるのではないでしょうか。
ショー グルーヴ『Fashionable Empire』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、柚香光ら出演者の魅力を中心に話を聞いた。
人々を光へと導くスター・柚香光
トップスター・柚香光は、どのようなスターでしょうか?
この作品に、私が見たい柚香光をすべて詰め込みました(笑)。男役としての様々な魅力をご覧いただけると確信していますが、彼女自身が持っている遊び心が随所に表れ、予想外の魅力を発揮してくれるのではないかと期待しています。
これまで何度も彼女と仕事をしてきて感じるのは、一つの歌、踊りに対する掘り下げ方の細かさ、そして深さです。色々な経験がそうさせているのだと思うのですが、中でも、明日海りおさんの背中を見つめながら重要な役割を果たしていた頃に、そのスタイルが身に付いたように感じます。
また、この困難な時代にあって、彼女はその名のとおり人々を光へと導くスターとして、どんなことも力に変え、お客様に大きな夢を届け続けています。すべてを乗り越え、花組はより強靭になりました。
そんな柚香の姿勢を見ているからこそ、組のみんなも、一人ひとりが組のために何ができるかを考え、実践しようとしている空気がビシビシ伝わってきますし、今回の作品で課題とした、“出演者自身がとことん突き詰めてつくり上げる”稽古にも、楽しんで取り組んでくれているのだと思います。
トップ娘役・星風まどかについてはいかがでしょうか。
星風が宙組から花組に組替えして最初のショー『The Fascination(ザ ファシネイション)!』で演出補を務めた時は、柚香とどのようなコンビになるのか興味を持って様子をうかがっていましたが、2人の経験を重ね合わせることで、互いに一層輝きを増しました。
相手役に合わせて変化する部分もあると思いますが、それ以上に彼女自身が役者として進化し、一段上のステージに上がったのではと感じています。同時に、宙組時代とはまた違う魅力も見せるようになりました。今の彼女が放つオーラは、常に与えられた役割以上の努力をしてきたことで得られたものでしょうね。
私は自立したタイプの娘役が好みなのですが、ひとりで立てるからこそ相手に寄り添うことができ、トップスターが背負うプレッシャーさえ、ともに戦う同志として和らげてくれる…星風はまさにそのような存在ですので、トップコンビが互いに高め合う感覚を、フィナーレのデュエットダンスでお見せできればと考えています。
さらに花組には柚香の同期、水美舞斗という頼もしい存在がいます。
今回の水美は、柚香とのダンス対決あり、男役の色気を見せる場面あり、弾ける場面あり、妖しい場面ありと盛りだくさんで、体力的にはハードかもしれません。でも、彼女の身体能力と表現には絶対の信頼をおいていますので、心配はしておりません(笑)。
また水美は、柚香を中心とした花組を盛り立てるために自身が何をすれば良いかを肌感覚で感じ取ってくれるので、ともに花組で育ってきた同期ならではのバディのような関係性や信頼感を、ひしひしと感じます。ただ、私は悪ガキだった頃の2人もそばで見てきましたので(笑)、そうしたところも今回のショーに取り入れたいなと思っています。
私が担当した、彼女のバウ初主演作『Senhor CRUZEIRO(セニョール クルゼイロ)!』(2018年)では、仲間への想いで涙を流すなど、熱い一面を見せてくれました。そんな彼女を信頼していますから、舞台では存分にチャレンジし、ダンスに限らず、歌でも新たな魅力を見せてくれたらと期待しています。
2020年から花組生となった永久輝せあも大きな戦力ですね。
今の彼女の魅力はなんといっても歌だと思っています。安奈淳さんや春野寿美礼さんを彷彿とさせる、深くて良い声を持っています。今回のショーではプロローグの他に中詰めではトップコンビのデュエットダンスに歌で参加してもらう予定です。彼女の歌声が場面ごとにどう変化するのか、とても楽しみですね。
歌だけでなく踊りにも、雪組育ちならではの芝居心があるのも魅力です。花組特有の華やかさも充分に備わり、これからがますます楽しみです。
聖乃あすかの成長も近年めざましいですね。
今まで見たことがあるようでなかったのが、“爆踊りする(激しく踊る)聖乃”だ!と思いましたので、今回はそういう場面をつくりました。期待していてください。
彼女は元々目を引く存在でしたが、様々な経験を経て男役として鍛えられ、目指す方向性が明確に見えてきたのではないでしょうか。謙虚で可愛らしい性格は変わりませんが、絶対的な芯も見えますし、すべてを注ぎ込んで、みなぎるエネルギーを前面に出してくれたらいいなと思います。
専科からは、前作まで花組組長だった高翔みず希が出演します。
高翔さんには帝国の案内人・バロンという通し役で出ていただきます。コミカルな場面もあれば妖しげな場面もありますので、多彩な表現で力を貸していただこうと考えています。
高翔さんは温かみと包容力があり、ダンスの得意な方ですので、ダンスシーンにも出演していただきます。専科生としては初めての公演なので、ご本人の感覚も今までと異なるでしょうし、花組時代とは違った高翔さんを、お客様にもご覧いただけると思います。
最後にお客様にメッセージをお願いします。
依然油断のできない日が続く中、皆さまが劇場に足をお運びくださるからこそ、私たちの職業は成り立っているのだと痛感し、同時にその幸せを感じています。この心からの感謝の気持ちをお伝えできるよう、出演者・スタッフ全員が日々努力しております。
元気があれば、明るい未来が見えてきますから、何より、この作品を観て、元気になっていただくことができれば嬉しく思います。宝塚歌劇が、皆さまのパワーの源になれるよう、全力で作品づくりに努めますので、柚香光率いるこの花組公演を、ぜひご覧ください。お待ちしております。
【プロフィール】
稲葉 太地
静岡県出身。2000年宝塚歌劇団入団。2006年『Appartement Cinéma(アパルトマン シネマ)』(花組)で演出家デビュー。2009年に『SAUDADE(サウダージ)』-Jにまつわる幾つかの所以-(月組)で詩的な芝居の要素も取り混ぜて構成した自身初のショー作品を手掛ける。『Carnevale(カルネヴァーレ) 睡夢(すいむ)』-水面に浮かぶ風景-(2010年雪組)で宝塚大劇場デビュー。その後『ルナロッサ』-夜に惑う旅人-(2011年宙組)、『Celebrity』-セレブリティ-(2012年星組)、『Mr. Swing!』(2013年花組)はじめ、多彩なショーやレヴューを次々に発表。2015年には第二回宝塚歌劇団 台湾公演で『宝塚幻想曲(タカラヅカ ファンタジア)』(花組)を担当し、『Greatest HITS!』(2016年雪組)、『カルーセル輪舞曲(ロンド)』(2017年月組)、『クラシカル ビジュー』(2017年宙組)、『シャルム!』(2019年花組)など、意欲作を送り出した。2020年の『DANCE OLYMPIA』-Welcome to 2020-(花組)では柚香光の持ち味を存分に発揮するダンスコンサートを、同年大作『アナスタシア』(宙組)の演出、翌年『ロミオとジュリエット』(2021年星組)の演出も手掛け、ミュージカル作品でもその手腕を発揮。『Fire Fever!』(2021年雪組)では、新生雪組の熱い魅力を引き出した作品が好評を博した。演者の個性と実力を最大限に活かした演出や、高い美意識に裏打ちされたダイナミックな作品づくりで、宝塚歌劇の可能性を広げている。