演出家 生田大和が語る
ミュージカル『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』の見どころ<前編>
これまで、様々な歴史上の人物を舞台で魅力的に息づかせてきた演出家・生田大和が、今回は伝説的な音楽家フランツ・リストの魂を追う。生田のあくなき探求心と、光と影の魅力をあわせ持つ花組トップスター・柚香光がどのようなリスト像をつくり上げるか、期待が高まる。公演を前に、その意気込みを聞いた。
美貌のピアニストの光と影
フランツ・リストを題材にした経緯をお聞かせください。
宝塚では伝統的に、ヨーロッパを舞台にした歴史物が多く上演されてきました。そして、現代と近代、さらには近世を繋ぐ時代の中では、フランス革命が、題材として数多く取り上げられています。しかし、革命後のヨーロッパの歴史における複雑なうねりの中を生きた人々を描いた作品が意外と多くないことも手伝い、かえって関心を深めてきました。そうして温めてきた題材のひとつが、19世紀ロマン主義の芸術家たちの生き様です。
最初にこの時代を舞台にした作品をつくりたいと思ったのは、もう10年ほど前になります。当初は小劇場向けの群像劇として考えていたのですが、柚香光主演作ということで、ピアニスト役を演じてもらおうというところから構想を深めていきました。柚香の存在にインスパイアされて、主人公をリストに定めたとも言えますね。
加えて、偶然にもパラノビチ・ノルバート駐日ハンガリー大使と知遇を得ることができ、リストという人物の面白味に対する扉を開いていただいたことに、宿命的なものを感じてもいます。
タイトルにはリストのハンガリー名“リスト・フェレンツ”が使われています。
リストは、オーストリアの支配下にあったハンガリー王国の一角、ドボルヤーンに生まれました。しかしながら、彼が最初からハンガリー人としてのアイデンティティを持っていたというよりは、人生を通してヨーロッパを遍歴し、自分は一体何者なのかを考えていく中で、そのことに目覚めていったのではないかと私は解釈しています。
今作ではリストをどのような人物として描いていますか?
リストファンの皆さまに怒られてしまうかもしれませんが(笑)、私はリストをいわゆる“天才”だとは思っていません。ショパンの天才性に対し、余人にはできない超絶技巧を習得することが、世に出るために「必要だった」という点で、リストは努力の人だと捉えています。
そして、作品テーマの根幹に関わる部分として、自身を絶対化した価値観で見つめることがなかなかできない人生を送ったのではないかと思うのです。あらためてリストの人生を考えると、彼は称賛や勲章といった他者から与えられるものに依存して“フランツ・リスト像”をつくり上げ、結果、自身の中で矛盾が生じていったのではないでしょうか。他人の評価に依存しすぎて、自己肯定感を持てなくなるところは、SNSなど他者を、自分を測る物差しにしてしまいがちな現代にも通じるところがあるかもしれません。しかし、人生において自らの足でしっかりと地面を踏みしめて立つことが大事で、それはひとえに自分に嘘をつかないことなのだと思います。今我々が現代のお客様に何を伝えることが使命なのかと考えた時、このような同時代性を持たせることは避けて通れないと感じています。
物語はリストがパリで成功を収めているところから始まります。
リストは、自分の価値に行き詰まりを感じていた中で大きな挫折を経験し、2年ほど音楽史から姿を消していた時期があります。その後、強力な後ろ盾を得てパリの社交界に戻るのですが、成功してもなお、自分に足りないものを感じ、その足りないものを求めるべく、恋に落ちたマリー・ダグー伯爵夫人と一緒にパリを捨てるところが序盤の展開です。
身分制度に否定的で、人と人との間に壁は存在しないという共和主義的な思想のもと、より純粋な音楽をつくりたいという理想に向き合う姿に強く影響を受けたと、マリーは自身の書簡に記しています。ここはリストの旅の印象をもとにしたピアノ曲集「巡礼の年」の“第1年 スイス”にあたる部分で、数多ある彼の人生のエッセンスを、限られた時間に凝縮して表現しなくてはいけないのが難題ですね(笑)。
リストの人生の中で、マリーと過ごした時代に焦点を当てたのはなぜですか?
二人で出奔したパリへ再び戻った後、リストの考えを一変させてしまう出来事が起こります。それは、貴族でありながら彼の理想に感化されるマリーとの関係にも変化をもたらし、それぞれの人生を大きく動かしました。そこに面白さを感じたことも、マリーをヒロインにしようと思ったきっかけのひとつです。
同時期に活躍したピアニスト、ショパンも物語の重要人物ですね。
リストとショパンの関係性は、とても重要なファクターです。たとえば、現代で言うヨーロッパ中に波及し“諸国民の春”と呼ばれる1848年の革命を軸とした3年間は、リストの人生において重大な意味があります。
1847年の表舞台からの事実上の引退、1848年から始まった革命による既存の価値観の崩壊、そして1849年のショパンとの別れです。これら一連の出来事に、因縁めいたものを感じたことも、創作の源になりました。リストの長年のライバルであり、その背中を追ってきたショパンが自分の人生から去った時、リストは自身と向き合い、新しい人生の価値を見出さなくてはならなくなったのです。
今作ならではの演出の見どころは?
我々は“ピアノだんじり”と呼んでいるのですが(笑)、キーアイテムであるピアノを使ったユニークな見せ方を考えておりますので、ご期待ください。
また、私の外部公演に出演いただいた上口耕平さんに、宝塚で初めて振り付けを担当していただきます。約20年前、高校生の上口さんをテレビのダンス番組で見たのを覚えていまして、何か不思議な縁を感じますね。彼が加わったことで作品に生まれる意外性をとても楽しみにしています。
ミュージカル『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、柚香光ら出演者や、花組の魅力を中心に話を聞いた。
出会いが生む奇跡を描く
フランツ・リストを演じる花組トップスター・柚香光に期待することは?
華やかなピアニストだったと伝えられるエピソードの数々が、柚香にとても合っていますよね。
リストは自己矛盾を抱えた人物で、その言動において一貫性に欠けた部分があります。そういった人間味に面白さを感じたことは、私がリストを描くに至った契機にもなっています。人から見れば些細なことをきっかけに考え方を一変させるところ、人と人とが巡り会うことで人生が違う転がり方をしていくことの奇跡と軌跡を、出会いや別れを通して一つひとつ丁寧に描いていくことがリスト像をつくるうえで重要だと、柚香と稽古場で話し合ったりしていますね。
また、前半で描かれるアイドル、フランツ・リストの華々しさから、内省的な方向に向かって行く変化というものが、この役の見どころのひとつになればと期待しています。
そして、皆さまが期待されるとおり、柚香によるピアノの生演奏もございます!リストが最初にピアノに向き合う瞬間は…ご覧になってのお楽しみです(笑)。
トップ娘役・星風まどかは、リストの運命の恋人マリー・ダグー伯爵夫人を演じます。
革命に追われた亡命貴族と、革命でのし上がった資産家の間に生まれたというマリーの出自には、非常に時代性が表れており、それゆえに現代的な自我を持つ女性だったのではないかと考えると、古典的な伯爵家の妻としての暮らしに辟易し、執筆活動をしていたことにも納得がいきます。世間がリストに浮かれている時も、冷静に彼の本質を見抜いたマリーこそが、枯渇したリストの魂を潤したのだと解釈し、二人の出会いを描きました。リストがマリーによって変化するように、マリーの人生もまたリストによって転がっていくところが、大変ユニークな関係です。
星風は、トップ娘役としての組替えという大きな経験をし、新たな“星風まどか像”をつくり上げている最中でしょう。「何でもできてしまう」器用さは最大の魅力ではあるのですが、さらに役者として「壁」を突き抜けるために、今、必要なのは“星風まどかならでは”の個性を模索していくことだと感じます。今回のマリーという役が人生を切り拓く姿と、連動してくれればと思っています。
そして、水美舞斗はリストに大きな影響を与えるフレデリック・ショパン役を演じます。
リストのコンプレックスの象徴であり、乗り越えるべき壁であることが、この物語でショパンに求めている大きな役割です。台詞を言わずとも何か腹に抱えていると感じさせる存在感の大きさが水美の魅力のひとつであり、その存在感を自然な形で出してくれると思います。役を掴むのが早く、相手から受けた刺激で芝居に変化を付けるなど、稽古場で見ていてもとても楽しいですよ。リストとショパンのギリギリの攻防戦と言いますか、眼差しのすれ違い、そして衝突に、是非ご注目いただきたいです。
永久輝せあ演じる男装の女性作家ジョルジュ・サンドは、どのように関わるのでしょうか?
今作のジョーカーですね(笑)。リスト、マリー、ショパンを描くうえで外せない人物で、序盤のリストの野心的な魂に寄り添う存在です。男装の麗人で、ショパンの恋人というイメージが強いですが、実はリストやマリーとも親交がありました。ただ、リストとの関係性はほとんど記録に残っておらず、今作では不透明な部分をフィクションも交えて描きました。永久輝でなければ成立しない、と思わせるサンド像を期待しています。
文豪ヴィクトル・ユゴー役で、専科から高翔みず希が出演します。
前回の公演まで花組組長を務めておられましたが、今回は異なる立場であらためて花組を見つめ直されることと思います。ユゴーという歴史を俯瞰してきた人物の目線で参加していただきたいという想いも込めて、配役しました。
リストを取り巻く人々にも注目です。
リストの周りには、多くのロマン主義の芸術家たちが集まっていました。激動の19世紀初頭を生きた人々が、逆らえない歴史の波にどう向き合って生きたのかというところが、伝統的な男役の魅力を大切に受け継いできた、花組の舞台人としての向上心と結び付き、煌めきとなって作品に現れてくれたら嬉しいですね。
最後に、お客様へのメッセージをお願いします。
私自身、この2年、変容した社会を生きてきた中で、どんなアプローチでお客様にお伝えするのがよいのか、かつてないほどの葛藤を抱えています。宝塚歌劇だからこそ表現できる世界観を大切にしたい一方で、現実世界で起こっていることの厳しさを思うと、美しいだけで終わらせることは、今を生きる一人の創作者として自分に嘘をついていることになりはしないか…などと、私もまたリストと同じく、相反するテーマを突き付けられているわけです(笑)。
お客様のお時間をいただくからには、それだけ価値あるものをお持ち帰りいただきたい。そのために、私たちが辿らなければならない「巡礼の年」があるといった想いで(笑)、日々悩みながら稽古に励んでおります。リストの人生を通じて、明日はより元気になれる、活力を受け取っていただけるような作品を目指しております。是非劇場でお楽しみください。
【プロフィール】
生田 大和
神奈川県出身。2003年宝塚歌劇団入団。2010年、『BUND/NEON 上海』-深緋(こきあけ)の嘆きの河(コキュートス)-(花組)で演出家デビュー。2012年、『春の雪』(月組)では、繊細な文学作品の世界を幻想的に演出。2014年に、F・スコット・フィッツジェラルドによる小説を基にした作品『ラスト・タイクーン —ハリウッドの帝王、不滅の愛—』(花組)で宝塚大劇場デビュー。その後、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの半生を描いた『Shakespeare ~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~』(2016年宙組)や、フランス産ミュージカルの日本初演『ドン・ジュアン』(2016年雪組)の潤色・演出を手掛け、高い評価を受ける。2017年、宝塚歌劇では24年ぶりの再演となった『グランドホテル』(月組)で岡田敬二とともに演出を担当、退廃的でありながら生きることの素晴らしさを語りかける舞台が感動を呼ぶ。フランス革命の理想に燃える青年の生き様をドラマティックに表現した『ひかりふる路(みち)~革命家、マクシミリアン・ロベスピエール~』(2017年雪組)でのフランク・ワイルドホーン氏、稀代のプレイボーイの華やかで活力に満ちた冒険譚『CASANOVA』(2019年花組)でのドーヴ・アチア氏など、世界的作曲家と組んだミュージカルでも、その手腕を発揮した。2021年、『シルクロード~盗賊と宝石~』(雪組)で初のショー作品を担当。ストーリー性のある演出が好評を博す。同年、『シャーロック・ホームズ-The Game Is Afoot!-』~サー・アーサー・コナン・ドイルの著したキャラクターに拠る~(宙組)では、世界中に熱狂的ファンを持つ名探偵の活躍を舞台化、原作の世界観に巧みに独自のテイストを溶け込ませ、新境地を開拓した。